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【人語り】手漉き和紙職人・豊川秀雄さん(68) 風合いにこだわり半世紀

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 市川三郷町の名産品、手漉(す)きの市川和紙の起源は平安時代とされる。産地最後の手漉き和紙職人となった豊川秀雄さん(68)。半世紀にわたり手漉きにこだわってきた“和紙の匠”は、「紙の風合い、温かみが機械製造と違う」と魅力を語る。(松田宗弘)

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 20歳になった昭和45年、父から「家業を手伝ってくれ」と言われました。長男なので、継いで6代目となりました。

 そのころ、市川大門(当時)の町内には、250軒ほどの手漉き和紙業者が軒を連ねていました。

 ところが、和紙作りはその後、機械化が進み、同業者の廃業も出始めました。販売の伸び悩みと後継者難が理由で、手漉き和紙の需要は現在まで右肩下がりが続いています。生活様式や社会環境の変化、他の素材との競合など、いくつかの要因があると思います。

 手漉き和紙の用途の主流は、長く障子紙でしたが、それも父の代までで、私が継いだ当時には、書道用紙や掛け軸用の紙に変わっていました。

 機械化するか、手漉きを続けるか-。

 子供の頃から機械化に挑戦した祖父と、手漉きに専念した父を見ていました。私は「伝統技術の灯を絶やしたくない」との思いで手漉きを選びました。

 商品は今、時代の趨勢(すうせい)で掛け軸の注文もなくなり、はがき、名刺、証書が中心です。飲食店のランチョンマットやコースターもありますが、店主の代替わりなどで需要は不安定です。

 技術の伝承をどうするか。娘やおいは「やってもいい」と言ってくれたけれど、私は勧められませんでした。需要が減り、生計を立てるのが難しいからです。

 手漉き和紙は、機械製造の和紙と比べると、値段が3~4倍になりますが、手触り、肌触り、見た目などで、風合いや温かみが優れています。

 お客さんは以前のような問屋や店舗ではなく、手漉き和紙が好きな個人が中心です。工場へ見学に来たり、インターネットで購入したりされています。このほか、近隣の観光施設やイベント会場に置かせていただくなどしています。

 また、市や商工会の協力で体験教室を開いたり、町内の小学6年生が卒業証書の製作に来てくれたりしています。体の続く限り、手漉き和紙の灯を消さぬよう、伝統を守り続けていきたいです。

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【プロフィル】とよかわ・ひでお

 昭和25年、市川大門町(現・市川三郷町)生まれ。専門学校を卒業後、会社員を経て家業を継ぐ。昭和62年に町無形文化財、平成12年に「やまなしの名工」に認定。平成14年2月から豊川手漉和紙製造代表。

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