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水戸天狗党の後日談知って 美浜で処刑許された藩士の姿紹介

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水戸天狗党と佐柿地区との関わりを紹介している企画展=美浜町
水戸天狗党と佐柿地区との関わりを紹介している企画展=美浜町

 幕末に尊皇攘夷(そんのうじょうい)を掲げて挙兵し、敦賀で処刑された水戸天狗(てんぐ)党の中で刑を許された水戸藩士のその後の姿を紹介する企画展「幕末佐柿と水戸天狗党」が、美浜町佐柿の若狭国吉城歴史資料館で開かれている。28日まで。

 元治元(1864)年に水戸藩士が結成した天狗党は幕府を支える藩内の保守派などと戦ったが、敦賀で降伏。首領の武田耕雲斎ら約350人が処刑されたが、100人以上は小浜藩に預けられて遠島処分を受けていた。明治になって、水戸に戻った藩士もいた。

 企画展は「幕末明治福井150年博」の一つとして開催。小浜藩が遠島処分を受けた天狗党を准藩士として迎え入れ、同町佐柿地区に屋敷があったことなど衣食住を支援していたことを紹介。小浜藩主だった酒井家の史料に残る遠島処分となった藩士の名簿、現在の屋敷跡の石垣の写真なども展示している。

 大野康弘館長は「遠島処分となった水戸藩士の中には農村出身の人も多く、身分が低いので刑を許されたかもしれない。小浜藩に預けられた人たちが平穏な生活を送っていたことはあまり知られていない」と話した。

 問い合わせは同資料館(0770・32・0050)。

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