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松戸で生きた「幻の将軍」徳川昭武の足跡紹介 戸定歴史館

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1867年7月5日(慶応3年6月4日)、パリで借りていた屋敷で撮影された正装の徳川昭武。撮影者はナポレオン三世も撮影した写真家ディスデリ(松戸市戸定歴史館提供)
1867年7月5日(慶応3年6月4日)、パリで借りていた屋敷で撮影された正装の徳川昭武。撮影者はナポレオン三世も撮影した写真家ディスデリ(松戸市戸定歴史館提供)

 徳川15代将軍、慶喜の異母弟で、晩年を現在の松戸市に自ら建設した別邸「戸定(とじょう)邸」で過ごした水戸藩最後の藩主、徳川昭武(あきたけ)(1853~1910年)が明治維新にどう向き合い、その後をいかに生きたかを探る企画展「忘れられた維新 静かな明治」が松戸市戸定歴史館(同市松戸)で開催されている。今年の明治維新150年に合わせた企画。

 同館によると、幕府再生を狙う慶喜は1867年に当時13歳だった弟の昭武を将軍名代としてパリ万博に派遣。昭武はナポレオン3世に謁見するなど、宮廷外交を通じ、フランスからの資金調達に奔走するが、幕府の崩壊により目的を果たせないまま維新後に帰国を余儀なくされた。

 欧州のマスコミで“次期将軍”と華々しく報じられながら幻に終わった昭武。新政府は国内で抵抗を続ける旧幕府勢力が昭武を旗頭に迎えることを恐れ、水戸藩主の座を用意した上で帰国命令を出したとされる。

 帰国した昭武は水戸藩主、同藩知事を務めるが、廃藩置県により藩知事を免ぜられた明治4(1871)年以降は政治に関わることはなく、同17(1884)年に自ら建設した戸定邸に移り住むと、ここを拠点に作庭や作陶、写真などに打ち込んだ。昭武が心血を注いで完成させた戸定邸の建物と庭園は国の重要文化財と名勝に指定されている。

 企画展では昭武が着用した陣羽織や自筆日記、書、写真などを展示。

 趣味の焼き物に使った「戸定」の印の変遷や最晩年の戸定邸での兄・慶喜との交流の様子なども紹介している。

 会期は24日まで。月曜休館(月曜が祝日の場合は翌日休館)。入館料は一般150円、高校生・大学生100円、中学生以下無料。【問】047・362・2050。

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