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【言葉の贅肉 伊奈かっぺい綴り方教室】この差はどこから生まれるか 青森

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 「犬も歩けば猫も歩く」と聞いて、だからどうしたと言われれば話はそれまで。「犬も歩けば棒に当たる」を知らなければ、だからどうしたにつながる。

 「この猫やかましいんだよ」「猫だって大人しい猫もやかましい猫もいるんだろうよ」「それにしてもこの猫やかましいんだよ」「だから猫にも色んな猫がいるんだよ」「だってこの猫、借りてきたんだよ」

 今の高校生、大学生あたりも大方はこの話に無反応である。「借りてきた猫」なるフレーズを知らないので、だからどうしたの無反応になるのだ。

 「先輩、今の話の中に出てきたセビロって何ですか?」と訊かれた人がいるのだと。背広はスーツ以外の呼び方がないらしい。「ソクタツって何ですか?」とも訊かれたそうだ。いくらスマホだメールだの世の中でも速達の意味を問われようとは。そのうち「ハガキって何ですか?」たぶん、もうすぐだ。

 道具がなくなれば、その道具の名前もなくなる。当たり前と言えば当たり前。

 焼鳥の宣伝などでかろうじて炭火焼からスミは知っていようが、“炭(た)団(どん)”は知らないだろう。私くらいのトシになると雪ダルマの目は炭団と決まっていたものだが、今時の雪ダルマの目は…雪ダルマを知っているだろうか。

 たぶん“長火鉢”も見たことがない。見たことも聞いたこともないとなれば“灰”は知ってても“灰均(はいなら)し”は知らない。“火箸”も知っているかどうか。“五徳(ごとく)”は完璧に知らないだろう。私だってしばらく見ていない。

 “十能(じゅうのう)”はどうだろうか。民家風の居酒屋などで“囲炉裏・居炉裏”は見たことがあるかもしれないが、いろりの上からぶら下がっている“自在鉤”を“自在鉤(じざいかぎ)”だと知っているだろうか。ついでに“炭俵(すみだわら)”も思い出したが今時の若者は見たことがあるのだろうか。“消炭(けしずみ)”なる言葉はどうだ。“消壺(けしつぼ)”なんてのもあったな。忘れたのではないだろう。はじめから見たことも聞いたこともない、存在自体を知らない。思ったことも思いを寄せたこともない。想定の内と外。想定そのものがなければ内と外はおろか身も蓋もない、鍋も釜もない。鍋は知ってても釜は見たことがない。

 「炉端走(は)っけで久須とっくら返してチャカスこの」

 直訳します。

 「囲炉裏のまわりを走りまわってホラ、言ってるそばから久須に足を引っかけてひっくり返してしまい、そこいらじゅう茶殻(ちゃがら)、茶滓(ちゃかす)だらけにしてしまってコノ慌て者め」

 いつものことだが、津軽弁をいわゆる標準語共通語にすると長くなるなあ、極めて間抜けな親父ギャグ丸出しの小咄も。ちなみに、津軽では(語源など知らないが、知りたくもないが)慌て者のことを“チャカシ・チャカス”と呼ぶのだ。

 ちなみのちなみ。広辞苑第六版の【親父ギャグ】年輩の男性が口にする、時代感覚からずれた面白くない冗談や洒落。とあるが第七版の【親父ギャグ】では“面白くない”の一言がカットされている。近年にない大発見に血湧き肉躍っている。あちこちで何度でも口にし文字にして楽しんでいる【親父ギャグ】何しろ軽いチャカスですから。と、意識的な閑話休題。…閑話休題を知っているだろうか。

 話の流れで「近頃の若者は“久須”を知っているだろうか」と書こうとしての寄り道。もしかして年代差ではなく地域差なのだろうか。

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