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奈良・大安寺旧境内を「六条大路」横断、確実に 論争に終止符

大安寺旧境内の復元模型。奥が主要伽藍。中央を横切る六条大路の手前は、七重塔が東西に並ぶ塔院と呼ばれる区画
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 平城京の筆頭寺院だったとされる大安寺(奈良市)の旧境内で、塔院の北門や道路側溝とみられる遺構が出土し、奈良市教委が7日発表した。北門と側溝の位置関係から、平城京を東西に走っていた「六条大路」(道幅約15メートル)が旧境内を横断していたことが確実となり、約30年間続いた大路をめぐる論争に終止符を打つ成果といえそうだ。

 大安寺は奈良時代、盆地南部にあった前身の大官大寺が平城京遷都に伴い、現在地に移転。金堂や講堂が並ぶ主要伽藍(がらん)の南側に塔院が設けられ、東西両塔が建立されたとされる。

 今回の調査では、当時の南大門から約32メートル南側で、築地塀に取り付いた塔院北門とみられる東西2本の門柱跡が出土。門は礎石建ちとみられ、規模は幅約5・1メートルだった。

 六条大路をめぐっては、境内部分には道路がなかったとする説もあったが、周辺では平成28~29年度の調査で、大路の側溝とみられる溝が南北両側から出土。旧境内を横断していた可能性が高まっていた。今回出土した溝は北門跡の約1メートル北にあり、南側溝と断定したという。

 また、この約4メートル北側では、幅約3・5メートルの溝とこれに架かっていた橋の橋脚跡が出土。溝は中世の南大門再建時に掘られたとみられる。

 森下恵介・元奈良市埋蔵文化財調査センター所長は「(大安寺旧境内を)六条大路が通っていたことが確定したのは貴重な成果だ。塔院は計画変更で加わったのではないか」と話している。現地説明会は10日午前10時~午後3時に予定されている。

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