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蓮田駅西口の再開発…バブル崩壊やリーマンに翻弄

JR蓮田駅西口周辺と再開発ビル(中央)の完成イメージ(市提供)
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 ようやく中核ビルの着工にこぎつけたJR蓮田駅西口の再開発事業だが、都市計画が決定されたのは33年前だった。当初計画が二転三転するなど曲折を経た末の着工に、市都市整備部長として関与した中野和信市長は「まさに万感の思い。胸にせまる思いがある」と語った。

 昭和60年の都市計画決定後、再開発ビルの当初計画は平成元年にキーテナントとしてスーパーの長崎屋が出店するはずだった。ところが、バブル崩壊が直撃し、6年に出店計画は白紙に。その後、19年に積水化学工業などの事業協力者が決まり、20年に新しい再開発ビルの計画が公表されたが、今度はリーマン・ショックの影響で事業協力者が21年に撤退し、計画は再び頓挫した。

 25年には、東急不動産と都市環境研究所との共同企業体(JV)が事業協力者に決定し、地上27階建てのタワーマンションを建てる再開発ビルの概要を公表した。だが、資材費高騰と人手不足で、28年に計画規模の縮小を迫られた。

 加えて、東急不動産とともに地元の医療法人が特定建築者の応募登録決定を受けたことに対し、県側から「医療法人が特定建築者になるのは業務規制の定めに抵触し、適当ではない」との指摘を受け、医療法人は応募登録を辞退。市は急遽、募集要項から医療法人を除外した上で再募集した結果、今年2月に東急不動産が特定建築者に決まり着工にこぎつけた。

 度重なる計画見直しで駅前広場と幹線道路が先行して完成する中、32年10月に中野市長らが待ちわびた再開発ビルがお目見えする。 (大楽和範)

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