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【松岡恭子の一筆両断】北九州市の英断と学生パワー

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 大学で建築デザインを教えていると、自分が学生だった頃とは随分変わったなあと思うことがあります。例えばエコロジカル、つまり自然環境と調和し、サステナブル(持続可能)な建築を探求するのは、必須となりました。また社会課題が複雑になってきたのを反映し、「まちづくり」という言葉が学びの場にあふれるようになりました。既存建物を活(い)かすリノベーション、コンバージョン、増築など、設計の手法も広がっています。

 さらに社会実験やワークショップなどを通して、地域とリアルにつながる取り組みが、一般的になりました。若い世代の意見や提案を聞きたいという地域からの要望も多く、学生にとっても社会との接点が増え、視野が広がる機会になっています。

 以前このコラムで紹介した北九州市八幡市民会館の再利用が決定したのも、背景には少なからず学生たちの頑張りがあったようです。北九州市は5市合併の経緯から公共建築が多く、その見直しが図られています。北九州で育った日本建築界の巨匠、故村野藤吾が設計した八幡市民会館もその対象となっていました。地域の人々は、長年の思い出が積もるこの建物の存続を希望したものの、一体どんな利用に再生したらよいのか、改修費用はどれくらいかかるのかという壁にぶつかっていました。

 そこで、思いを共有する市民、企業、大学などが連携して「八幡市民会館リボーン委員会」が組織されました。その取り組みの一つとして、大学生の提案を募る企画が生まれ、九州、山口にある10大学14チームが参加する大きなイベントになったのです。建築を学ぶ学生たちは実際に建物を見学し、外観は保全しながら内部空間を活用する方策を考えました。

 この取り組みは次のような教育的意義を持っています。まず、村野藤吾を調べこの建物がなぜ評価されるのかを知る、それは日本の現代建築史を学ぶことです。次に、地域の未来に必要な「用途」を考えることは、建築に魂を吹き込む重要なステップです。そしてハードの良さを損なわずに改修や増改築を検討するのは、空間の良さを感じ取るだけでなく構造、設備設計も学ぶ機会になります。

 平成26年12月、すべての提案が集められ合同発表会が行われました。各チームそれぞれ独自のコンセプトを打ち立て、大きな模型やパースを駆使した力作ぞろいです。用途についても、製鉄など八幡の産業史を伝える美術館、隣接する病院の患者も利用できる健康づくり施設、子育てセンターなど、実現したらいいなと思える魅力的な内容が並び、彼らにとって充実した学びの機会となったことが伝わってきました。地域の方々に加え、北九州市役所からも発表会に参加、皆さんとても感心しておられたそうです。その後も委員会は市に対し粘り強く提案を続けました。そしてついに今年の8月、市が埋蔵文化財センターを移転するかたちで再利用する決定を発表したのです。学生たちのパワーが、その決定へ至るきっかけの一つになったと想像されます。

 未来へ向けて見たこともないような新しい建築、斬新な空間を想い描くのは、心踊ることです。それは常にわれわれ建築家の原動力であり、学生にとっても夢であるはずです。しかし人口が減少し空き家が増える社会では、既存の建物を未来に向けて活かすことも重要です。学生たちの関心が新奇性だけに偏らず、地に足のついた思考に向くのは、日本社会が成熟してきた証とも言えます。

 そして何より北九州市が委員会の一連の動きを受け止め、保存活用へと舵を切ったことは高く評価されるべきことです。オリジナルの魅力を損なわずに、新しい用途に適した改修を施すのは容易な仕事ではないでしょう。さまざまな知恵や技術が必要になると予想されますが、市の英断を応援しようと手を挙げる研究者や実務家は少なくないと思います。やり方によっては学生が研究論文を書くことも可能でしょう。そういう協力の構図ができれば、官民学が手を取り合って実現したプロジェクトとして、さらに全国に誇れる事例になると楽しみでなりません。

                   ◇

【プロフィル】松岡恭子

 (まつおか・きょうこ) 昭和39年福岡市生まれ。福岡県立修猷館高校、九州大学工学部卒。東京都立大学大学院、コロンビア大学大学院修士課程修了。建築家。設計事務所スピングラス・アーキテクツ代表取締役および総合不動産会社、大央の代表取締役社長。建築の面白さを市民に伝えるNPO法人「福岡建築ファウンデーション」理事長も務める。

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