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頼通時代の邸宅・高陽院跡で池の石敷き跡出土 民間調査会社が地元に説明 京都

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 宇治・平等院を創建した藤原頼通が11世紀の平安時代に建てた邸宅「高陽院(かやのいん)」跡(京都市中京区)から、池の汀(みぎわ)とみられる石敷き跡が出土し、民間調査会社「アルケス」が16日、地元関係者に説明した。これまでの調査結果から想定した通りに出たといい、頼通時代ごろのものだという。

 高陽院は治安元(1021)年に頼通が2町(長さ約250メートル)四方に造営。池の規模もこれまでの調査から南北が約140メートルと確認されている。元久2(1205)年から後鳥羽上皇が規模を半分に縮小して院政の拠点とし、貞応2(1223)年の放火による火災で廃絶した。

 今回は宿泊施設建設に伴い、高陽院の南西部の約150平方メートルを調査。この結果、調査地の東端部から石敷きの汀跡が出た。使われた石は主に拳大で、北東から南西に向けて緩やかな曲線を描きながら広がっていたとみられる。

 これまでの調査結果から調査地は池の西端部とみられ、石敷き跡もほぼ想定通りに出土したという。汀は一緒に出土した複弁八葉蓮華文の軒丸瓦などから、頼通時代ごろに整備されたとみられる。

 今回の結果にアルケスの持田透代表は「汀跡の時代は地層の関係などから前後する可能性がある。瓦は後鳥羽上皇が規模を縮小した際に捨てたものでは」と説明した。

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