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【いまこそ知りたい幕末明治】国宝島津家文書など守った人たち

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 これ以前の明治2年、鹿児島藩内の寺院が全廃された。廃仏毀釈の模範を全国に示すためであり、島津家の菩提(ぼだい)寺を含む寺院史料が、焼き尽くされた。

 明治維新の目標が「四民平等」と「万国対峙」を達成することであり、「御一新」が唱えられた。御一新とは、旧体制の徹底的破壊である。

 さらに廃藩置県により鹿児島県の大参事(県令)となった大山綱良は、新しい県政の邪魔だというので、明治5年春に旧記録所(現名山小学校)にあった膨大な行政文書を焼棄した(市来四郎『史談会速記録』)。薩摩藩の藩政史料はこのとき失われた。

 一方、太平洋戦争の時は、8度の空襲で鹿児島市街の95%が焼失した。この時、鹿児島県立図書館(明治35年創立)所蔵の旧藩からの文献8万冊は、郊外の伊敷村に疎開し、戦火を免れた。

 戦後、GHQが昭和22年に軍国主義に関連する図書を焼き払うように命じた際は、当時館長であり児童文学作家の椋鳩十(むく・はとじゅう)氏が、同じ過ちをくり返さないようこれらの図書を廃棄してはならないとGHQに抗議し、認められた。県立図書館では、椋鳩十氏が守った『追放図書目録』(昭和24年)を作成している。

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