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【静岡・古城をゆく 北条五代の史跡】甲相同盟破綻(静岡県駿東郡地方)

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 氏政は10月に上越国境まで進軍したが、降雪のため撤退を余儀なくされた。7年に入ると、景勝派が優勢となり、景虎は御館が落城し逃れたものの、鮫ケ尾城(新潟県妙高市)であえなく自害して果てた。これは「御館の乱」と称され、武田、北条氏による甲相同盟は破綻した。

 北条軍より武田軍の軍事行動の方が早かった。5月に北関東へ出陣すると、8月には駿東郡へ侵攻し、沼津に三枚橋城を築城して布陣した。氏政も大軍勢を率いて、泉頭(いずみかしら)城(清水町)を拠点として黄瀬川を挟んで対陣し、駿豆国境地帯で両軍の本格的な戦いが展開された。氏政はすかさず武田氏と敵対している徳川家康に使者を送り、勝頼を東西から挟撃する同盟が成立する。戦いは武田氏滅亡の10年3月まで駿豆国境地帯で続いた。(静岡古城研究会会長 水野茂)

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