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御嶽山噴火4年 噴火に遭遇、マイスター笹川さん「生かされた恩返ししたい」 長野 

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 御嶽山の噴火から4年を迎えた27日、麓の王滝村で開かれた追悼式で遺族らは、雲に隠れた山頂に向かって黙祷(もくとう)。「あの日から時間が止まったまま」。慰霊碑前の献花台には多くの花が手向けられ、亡くなった家族をしのんだ。

 噴火の教訓を伝え、防災知識の啓発に取り組む「御嶽山火山マイスター」が、今夏から活動を始めた。認定を受けた地元の8人の一人、山岳ガイドの笹川隆広さん(53)=木祖村=は平成26年の噴火時、山中で死の恐怖を味わって生還。「生かされた恩返しをしたい」と、御嶽山がもたらす災いと恵みを伝えようと意気込んでいる。

 中学2年の頃、地元の学校登山で初めて登り、エメラルドグリーンに輝く山頂周辺の二ノ池など、御嶽山の神々しい景色に魅せられた。ここ10年ほどは長野県側の麓の宿泊施設職員として、ガイドなどをして暮らす。

 26年9月27日は、御嶽山を紹介するテレビ番組のスタッフら8人とともに入山。正午前、8合目付近から頂の方角に、白煙がもくもくと上がるのが見えた。

 「噴火だ。撮って撮って」。巻き込まれるとは考えもせず、避難を呼び掛けたのは、15分ほどして噴煙が迫ってきてから。慌てて山小屋に向かって避難を始めたが、生暖かい火山灰の土砂降りに見舞われた。光が遮られた「夜より暗い暗黒の世界」。歩みは鈍り、山小屋が一向に見えない。

 絶えず鳴り響く火山雷に「打たれるのでは」とおののき、歩いた30分は途方もなく長く感じられた。幸い全員、無事山小屋に着いたが、脚の震えが止まらなかった。

 帰宅後、被害の深刻さを知り、「噴石が届いていたら、全員を死なせていた。ガイド失格だ」と軽率な言動を悔やんだ。台風で日程がずれ込まなければ、当日は犠牲者が多く出た山頂周辺で撮影予定だった。

 後悔の念と「生かされた者として、何かしたい」との思い。火山マイスターの募集を知り、迷わず手を挙げた。現在は仕事の傍ら、当時の体験を講演などで伝えている。

 噴火後、御嶽山のガイドの仕事はめっきり減った。マイスターとして噴火時の話をすればするほど、観光客の足は遠のきかねない。それでも生かされた者として、噴火を語り継ぐつもりだ。「記憶を風化させてはいけない。その上でもっともっと御嶽山の素晴らしさを伝えたい」。笹川さんは、力強く語った。

                   ◇

 ◆「気持ち変わらない」「区切りが付いた」

 噴火で亡くなった山梨県甲斐市の猪岡哲也さん=当時(45)=の兄、孝一さん(56)は雨の中、慰霊登山に出発。「毎年気持ちは変わらない。『4年たった』というくらい。おいが大学3年生になり、将来の方向性も決まってきたので報告したい」と話した。

 秋山浩和さん=当時(25)=の父、則行さん(60)=千葉県市川市=は初めて追悼式に。「御嶽山の頂上に妻が登ったことで気持ちに区切りが付いた」と語った。

 次男の祐樹さん=当時(26)=と婚約者を亡くした愛知県一宮市の所清和さん(56)は「他の人に遺族になってほしくはない。山の安全を、言葉だけでなく実行してほしい」と訴えた。

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