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小泉斐の油彩画発見 最新の研究成果披露 栃木県立博物館で展示

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 アユの絵で知られる江戸時代後期の文人画家、小泉斐(あやる)(1770~1854年)が油絵の技法で描いた作品を残していたことが県立博物館(宇都宮市睦町)の調査で分かった。当時最新の絵の具、ベロ藍(プルシアンブルー)も入手しており、斐の作風の広さ、探求心の深さがうかがえる。

 斐は益子出身。黒羽藩との関係も深い。同館テーマ展「小泉斐の世界-鮎と風景と人物」では20点を展示。初公開作品が並び、斐に関する新発見、最新の研究成果が披露されている。

 同館研究員、深沢麻亜沙(まあさ)さん(33)が「油絵の技法を用いていたのは注目される」という新発見の板絵「孔明(こうめい)論将(ろんしょう)図額(ずがく)」(1829年、個人蔵)、続いて発見された「縮図帖」(1828年、同)が初公開。縮図帖にある板絵の下絵に「油彩色」「地ベル」「梛(なぎ)厚板」などの文字があり、地の部分にベロ藍、板はナギの木を使うことや黒羽藩主の寝所に飾るための絵だったことなどが分かる。

 ベロ藍は、ドイツで開発され、ベルリン藍、ベル藍がなまってベロ藍の名で広まった。「北斎ブルー」と言われるほど、葛飾北斎の作品で効果的に使われている。希少で高価だったが、清(中国)の商人が大量に仕入れ、余剰品が日本に流入した経緯があり、斐も入手できたとみられる。

 深沢さんは「斐が流行の顔料を使い、油絵に挑戦したことが分かる貴重な発見。縮図帖をめくり、この下絵が出てきたときも感動した」と振り返る。また、黒羽藩の家老を描いた肖像画も初公開されている。

 斐の高弟、田谷(たや)芝斎(しさい)の作品5点も初公開。斐と同い年の芝斎は、門人の系図で斐の次に登場するが、これまで作品が1点しか確認されていなかった謎の人物。斐と同じく、アユを描いた作品もある。また、細部の描写の細かさ、独特の表現方法もみられる。深沢さんは「斐を知る上でも弟子の存在は注目。今後、もっと作品が出てくれば研究が進む」と期待する。

 小泉斐の「鮎図」 斐の描いたアユの絵は、猫やキツネが爪を立てたり、飛びついたりしたという記録や、描くアユの数で絵の値段が決まったという言い伝えもある。群れで泳ぐアユの中に飛び跳ねるアユを描くという特徴もある。斐の「鮎図」は当時から評価が高かった。

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