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なぎなたで強い心に 女子少年院支え半世紀、元法務教官・正田ユキミさん 香川

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 香川県丸亀市の女子少年院「丸亀少女の家」には、なぎなたの指導を半世紀以上続けている元法務教官の正田ユキミさん(86)がいる。少年院は路上生活の戦争孤児らを保護した施設が前身。つらい境遇にあっても「支えられた経験を励みに、人生を切り開いてほしい」と願い、少女たちと汗を流してきた。

 「メン!」「スネ!」。6月下旬、丸亀少女の家の体育館で、はかまに身を包んだ8人がなぎなたを振っていた。覚醒剤使用や窃盗などの非行で収容された関西・四国地方の20歳未満の少女たち。「角度がちゃう」「できるやん」。正田さんの指導に熱が入る。

 正田さんが丸亀少女の家の門をたたいたのは昭和25年。女学校を卒業してすぐの18歳だった。新聞に載ったとんがり屋根の女子少年院が戦争孤児の保護施設だったと知り「ここで働きたい」と直感。少女らと寝食を共にし、教官になった。

 女性は習い事をして嫁に行くような時代だったが、教育に携わる仕事がしたかった。戦時中、尋常小学校で軍人の子だけをかわいがり、農家の子を何かにつけひっぱたいていた先生への反感から「あんな大人にはならない」と決めていた。

 設立者の故三原スエさんは戦後、家族を亡くした子供たちが駅にたむろし、盗みをして路上生活する姿を見かねて、自宅の寺に引き取り面倒を見た。人数が増えたため、昭和23年に丸亀城内の旧軍用倉庫を改装し司法保護団体「少女の家」を開設。翌24年、国に移管され、四国少年院の分院「丸亀少女の家」になった。

 三原さんには戦時中に国防婦人会に所属し、率先して兵士を見送った自責の念があった。生前「大人が起こした戦争で、子供の心身が貧しくなった。それは私の責任でもある」と正田さんに話していたという。

 正田さんは、幼い頃から親しんできたなぎなたが「粘り強さを培える」と院長に提案し、昭和40年に指導を始めた。「心の中で燃えてるもやもやを、かわいい口から吐き出しなさい」。練習で少女たちにそう呼び掛けてきた。すっと集中する瞬間を見るのがうれしかった。

 「夢中で頑張った経験を、しんどいことがあった時にひょいと思い出してくれたら」。そんな願いを込め、少女たちと稽古に励み続けている。

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