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田辺城本丸の石垣出土 舞鶴市調査、南西角「絵図」と一致

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田辺城本丸の石垣出土 舞鶴市調査、南西角「絵図」と一致

 安土桃山時代に細川幽斎が築城した田辺城(舞鶴市南田辺)の第31次発掘調査で、同市文化振興課は13日、本丸の南西角に位置するとみられる石垣や堀跡などが出土したと発表した。江戸時代に描かれた「田辺城籠城絵図」などの本丸の位置と一致しており、同課は「当時の田辺城の情景が具体的に想定できる」と話している。

 発掘調査は、私有地でのマンション建設に伴い、8月1日から約400平方メートルで実施。東西に延びる堀跡(推定で深さ2メートル以上)と堀に面した石垣(東西約14メートル)が見つかり、最大で5段分の石積み(高さ約1・5メートル)が確認された。

 出土した石垣の内側部分に積まれた細かい石積みが発掘現場の西端付近で、北に曲がっており、石垣も北に曲がっていたと推定される。現在の町の状況と「田辺城籠城絵図」や同じく江戸時代に描かれた「田辺城西側石垣修復伺図控(うかがいずひかえ)」を照合すると、発掘現場は本丸の東西に伸びる堀と石垣が北に折れる南西角に当たるという。

 石垣には最大で約1・6メートル、奥行き約70センチ、高さ約30センチの大型石材が使用されており、「丁寧な工事が行われたことがわかる」(同課)という。

 また、各絵図には南西角に隅櫓(すみやぐら)があったとみられる記述があり、発掘現場の西端で本丸南西角とみられる場所の石垣上に固く整地された層(東西約7メートル、南北約4メートル)を確認。同課は「隅櫓などの構造物を築くための土台だったのでは」と推測している。このほか、堀の堆積層から廃棄されたとみられる瓦や陶器など約300点も出土した。