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鹿児島で誕生の同人文芸誌「火山地帯」創刊60年 ハンセン病患者の思い紡ぐ 隔離下の足跡「風化させない」

平成12年5月、北九州市の自宅で執筆活動を続ける島比呂志氏。震える手で小倉の生活をつづった
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 国立ハンセン病療養所「星塚敬愛園」(鹿児島県鹿屋市)で誕生した同人文芸誌「火山地帯」が9月で創刊60年を迎えた。旧らい予防法下で患者の隔離政策が続く中、入所者らの心情を紡いだ作品は、文壇から高い評価を受けた。高齢化で園内の創作活動は下火となったが、次代を託された編集者が貴重な文学の足跡を残そうと奮闘している。

 噴煙を上げる桜島にちなんで名付けられた「火山地帯」は昭和33年9月、敬愛園入所者の故・島比呂志氏の主宰により、同人作家26人、購読会員23人で始まった。島氏は創刊号で「火山を爆発させて地球を変形させ、そこに巨大な文学碑を建てよう」とつづった。

 創刊から数年後、芥川賞候補作家が誕生し、島氏も療養所内の性を描いた小説「女の国」を、週刊新潮に発表するなど幅広い執筆活動を展開した。差別に苦しむ患者らにとって「文学に偏見はない」と心の支えになった。

 法律は平成8年に廃止されたが、島氏は人権回復の必要性をペンで訴え続けた。「らい患者は人間ではないのか、日本人ではないのか」。後遺症のため指が曲がった不自由な手で、原稿用紙に刻みつけるように記した思いは、裁判で国の責任を問う原動力になった。

 10年には、立石富生氏(69)=鹿屋市=に編集を引き継いだ。立石氏はハンセン病元患者ではなく、島氏に憧れてその門をたたき、約20年で中核的な存在となった。島氏は「評論会なども頻繁に開催し、にぎやかに明るい雰囲気で発展させていってほしい」とエールを送った。

 島氏は原告団名誉団長として熊本地裁の勝訴をつかみ、15年、社会復帰先の北九州市で84歳で亡くなった。草創期を支えた作家も相次いで筆を折る中、立石氏は「火山地帯をなくせない」との思いを強めた。新人作家の指導にも力を入れ、執筆陣の底上げを図った。

 編集の傍ら、敬愛園に足しげく通い、元患者らと交流を深めた。17年からは「問題を風化させない」と、ハンセン病をテーマとする小説も書き始めた。社会復帰した回復者や患者家族の複雑な胸中を描き、今も続く問題の根深さを世に問うた。

 現在、火山地帯の同人作家と購読会員は計約60人。療養所で生まれ発行が続く同人文芸誌は唯一とみられ、6月で193号を数えた。園に書き手はおらず、全国各地から集まる40~90代の作品が、年3回の発行を支える。

 「ハンセン病問題を伝えることで、社会の歪な姿を少しでもあぶり出したい」。立石氏は衰えぬ情熱を傾けている。

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