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東日本大震災7年半 北海道と宮城 ふたつの被災地で奮闘 イチゴ農家の丸子さん親子

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 宮城県亘理町でイチゴ農園を営む。

 東日本大震災の津波で、イチゴ栽培のハウスが壊滅。それを再建した。

 「30年以上携わってきたイチゴ作り。イチゴを作ってやっていくしかない。これしかない」

 震災直後の混乱期、決断に時間をかける余裕はなかった。

 「正しい判断かどうかより、そのときどう思ったか。切羽詰まっていた」と忠志さんは振り返る。

 そんなとき、裕人さんが北海道へ行くと言った。

 「残ってほしい」という思いもあった。「北海道でイチゴを作れるのか」との不安もあった。それでも息子の背中を押した。

 「あの状態でこの場所に残っても仕方ないと思った。家族の生活もあった」

 以来、毎年北海道に足を運ぶ。親子で栽培の技術を磨く。「息子が作っているイチゴと、自分が作っているイチゴは栽培方法が違い勉強になる」という。

 裕人さんは「いつの日か亘理に」という。忠志さんは答える。「必ず帰ってこい」。再建した農園は、裕人さんに託す。(塔野岡剛)

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