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松尾敏男展(上)廃船 「これが日本画なのか」

『廃船』(1966年)=長崎県美術館蔵
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 実にでこぼこしている、果たしてこれが日本画なのか。『廃船』を初めて見たときの印象だ。松尾敏男は昭和30年代から40年代にかけて、新しい日本画を模索する中で、画面全体に壁のような厚塗りを施すようになっていた。

 20年代に戦中の国粋主義の反動として起こった日本画滅亡論は、存在そのものを揺るがす大きな事件であった。画家の誰もが、その在り方について自問自答することを、突き付けられたのである。そして若い画家を中心に、油絵に負けない強さを求めてマチエール(絵肌)は重厚さを増していった。

 日本画苦境の時代に画業を開始したことは、後の松尾芸術を決定づけた。「日本画とは何か」という根本的な問いかけは、晩年に至るまで常に頭の中にあった。「日本人の美意識とは何かを、絵を通して探究するのが日本画だと思う」という言葉は、求道者としての松尾の姿勢をよく表している。(長崎県美術館 学芸員・森園敦)

                   

 文化勲章を受章している昭和を代表する画家、松尾敏男の作品を3回にわたって紹介する。

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