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群馬弁で両親の介護記録 藤岡出身の元新聞記者・木部克彦さんが出版 「素朴なやり取り伝えたい」

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 認知症の両親の介護の記録を群馬弁で明るいタッチでつづった「群馬弁で介護日記 認知症、今日も元気だい」(言視舎)が介護経験者を中心に共感を呼び、話題となっている。著者は藤岡市出身の元新聞記者で、明和学園短期大学客員教授や県文化審議会委員も務める木部克彦さん(60)。父の健(たけし)さん(84)、母の年子さん(84)を介護する経験を基に書いた本は、誰もが当事者になり得る介護に向き合うためのヒントを与えてくれる。 (斎藤有美)

                   ◇

 健さん「ほれ、これに乗れば畑にいげらあ」

 年子さん「そうだいねえ。だけどたけっしゃん、くたびれねえかい?」

 健さん「リヤカーもおめえも、かりいやい。おおごとじゃねえやい」

 本では、ある日、健さんが超軽量リヤカーに年子さんを乗せ、畑へ向かったときの群馬弁の会話を紹介。60年以上農業を営んできた仲むつまじい夫婦の姿が生き生きと伝わってくる。

 長年、2人で軽トラックで通った道。健さんは車を運転できず、年子さんも畑仕事ができなくなっていたが、木部さんは陽気な両親の姿を見て「これが認知症の夫婦なのか」と涙ぐんだ。

 そのときに感じた「認知症、だからどうした?」「今日も元気いっぺえだい!」という思いを本のタイトルに込めた。

 健さんは平成28年末、年子さんも翌春、アルツハイマー型認知症と診断された。一人息子の木部さんは自宅のある高崎市から両親が住む藤岡市の実家へ朝晩通い、食事の支度など生活全般の介護を担うように。「みんなの反応が見たい」とフェイスブックで介護の記録を付け始めた。

 自身が全国紙の駆け出し記者だった昭和57年ごろ、高齢化社会が問題になっていた。親を介護している人に取材するなどして、1年半かけて150回ほどにもわたる連載記事を書き上げたが、「入社3年目の若者が書いた、実体験のない押しつけ記事だった」と振り返る。

 「自分の親が老いて、いろいろなことができなくなる。情けなくなってつらい」

 葛藤と闘いながら、両親を介護する日々を送るうちに、「人ごとを外野席で眺めながら書くのではなく、自分自身が闘いのフィールドの真ん中に位置して書くことができる」と感じた。介護を始めて1年半を区切りにまとめてみようと思い、出版を決めた。

 群馬弁で書いたのは「親子の素朴なやり取りを伝えたいから」という。「普段は群馬弁を使わないが、両親の前で自分も話すと面白がってくれた」と笑う。

 「人間が年を取っていくことをきちんと受け止めてほしい。でも、ストレスをため込まないよう、公的サービスを利用するなどして思い詰めたり、介護第一主義にならないで」と呼びかけている。

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