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鳥取城跡、「擬宝珠橋」で架梁式 大手登城路の復元整備

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 鳥取市教委が進めている国史跡・鳥取城跡のメインルート「大手登城路」の復元整備工事で、最初に復元に着手した「擬宝珠橋(ぎぼしばし)」の基本構造が完成し、架梁式(建築の上棟式に相当)が行われた。16日から9月15日まで、橋の工事を間近で見られる展望デッキが開放される。

 鳥取城の正面玄関の入り口である同橋は、長さ36メートル、幅6メートル。国史跡内の復元橋では最も長くなる。事前の発掘調査で堀の中から見つかった江戸時代の橋脚の基部など遺構を保存しつつ、その上に江戸初期の創建当時の形状の木橋を復元するため、日本初の複合工法を採用した。

 昭和38年に同所に架けられたコンクリート橋を、水中の基礎を残して撤去。その基礎の上にステンレスの水中梁(はり)を設けた上で、江戸期の橋脚の遺構があった場所の真上に、新しい木の橋脚を立てた。これにより遺構の保存が可能になった。

 木橋は、橋脚に樹齢60~80年のクリ材、梁などに同90~100年のヒノキ材を使用した。特にクリの大木の材木は貴重なもので岩手県から取り寄せた。

 擬宝珠橋の復元整備工事は今後、16日から床板、9月1日から高欄(手すり)を設置。同25日までに完成し、30日に渡り初め式が行われる。

 擬宝珠橋は元和7(1621)年、池田光政が創建。登城や参勤交代に使われた他、行事の際、橋上に若殿が床几に座り、行列を見物するなどしたという。

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