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【静岡・古城をゆく 北条五代の史跡】北条氏政の掛川城支援(掛川市掛川) 1000人派遣 武田軍と対峙、上杉謙信と挟撃狙う

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【静岡・古城をゆく 北条五代の史跡】
北条氏政の掛川城支援(掛川市掛川) 1000人派遣 武田軍と対峙、上杉謙信と挟撃狙う

豊臣秀吉の家臣、山内一豊により建設された掛川城の天守閣。今川期の構造は不明である 豊臣秀吉の家臣、山内一豊により建設された掛川城の天守閣。今川期の構造は不明である

 しかし、12年5月、氏真と家康との間で盟約がなされ、氏真は北条氏の庇護(ひご)の下に掛川城を開け渡し、今川氏は滅亡した。氏真は北条氏の兵に守られ、懸塚(磐田市)から海路をたどり蒲原に着城した。そこで氏真は氏政の嫡子・国王丸(後の氏直)を養子に迎えた。また、北条氏領に近い沼津市大平が今川氏の御料所であったことから、大平古城を築き入部した。いずれ駿府に帰還できると考えていたのかもしれない。(静岡古城研究会会長 水野茂)

●=土へんに垂

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