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【語り部の言の葉】宮城県南三陸町・佐藤慶治さん(24) 町民の笑顔それが現実

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【語り部の言の葉】
宮城県南三陸町・佐藤慶治さん(24) 町民の笑顔それが現実

 ■中高生らに町の“今”を伝える

 ここが南三陸町防災対策庁舎です。隣には町役場がありました。病院の事務職員だった母は、平成23年4月から防災庁舎で働く予定でした。

 今は鉄骨しか残っていません。震災前は真っ白い建物でした。震災前には、ほとんど意識していなかった場所でした。ここに限らず、町のいろいろな、こまかい場所をもう少しちゃんと見ておくべきだったと思います。まさか、見られなくなるとは思ってもいなかったんですから。写真でも撮っておけばよかった。

 いま、この周辺はかさ上げ工事の最中です。防災対策庁舎を含めた慰霊公園が完成する予定です。地元住民のなかには、あの建物が目に入ると、震災のことを思い出して、つらいという意見もあります。そういった意見への配慮として周辺に木を植えて見えにくくするといいます。遺構として残すための配慮です。あそこでも役場関係者が流されて、亡くなりました。

 津波の後に残った建物は、ほかにもあります。たとえば近くの「高野会館」。震災当日、曽祖母、そして、祖母が老人会で会館にいて一命を取り留めました。あそこにいなかったら、だめだったんじゃないかなと思います。

 私は震災のとき、志津川高校の2年生でした。社会教育施設「志津川自然の家」で学習プログラムの合宿に参加していました。大きな地震だったので津波が来るという意識はゼロではありませんでした。けれど、あれほど大きな津波が来るとは思っていませんでした。震災の2日前にも大きな地震がありました。そのときは大きな津波は来なかった。油断があったんです。

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 私がいた合宿所は高台にありました。「ここにいて助かった」と思いました。ガラスが割れたり、天井のパネルがはがれていたりしていたので、建物の中では寝られないということで、外にテントを張りました。その準備に没頭していました。

 父は大工で地区の消防団員でした。近所に声をかけにいったり、水門を閉めに行ったりしたのかなと思っていました。母は病院で勤務中でした。弟は震災の翌日が中学校の卒業式の予定で、式の練習などで学校にいたので大丈夫だと思っていました。

 家族全員の安否が確認できたのは、震災から4日後の15日夜、再会できたのは17日でした。自宅は津波に流されてしまい、避難所で過ごした後、内陸に住む親戚の家を間借りして生活していました。

 震災直後、合宿所には地域の方々も多く避難してきました。私たちは避難してきた人の食事の用意などのサポートを行っていました。

 震災から2、3日たったころのこと。朝の検診でお年寄りの血圧を測りに行ったときのことです。

 ある高齢女性と話をしていました。「あなた、どこの子なの」と尋ねられました。「志津川高校の生徒です」。そう答えると、その女性が同級生の女子生徒の名前を口にしました。運動部に所属し、進路や部活などの他愛もない話をした仲です。避難しているときに「おばあちゃんを助けに行く」と自宅に戻っていくのを見たそうです。その後、その生徒の自宅があった地区が津波にのまれるのを見たと言います。

 気が動転して何を言っているのか分かりませんでした。ただそのときはまだ事実か分かりませんでした。

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 震災の年の4月。登米市内の仮校舎で学校が始まりました。その女子生徒とはクラス替えで同じクラスになる予定でした。学校に行くと、行方不明ということでした。

 5月。南三陸の本校舎に移りました。彼女の机は、なくなっていました。

 そして、その夏。依然として、行方不明のままでしたが、ご両親が死亡届を出したそうです。先生からそのことを知らされました。

 9月。葬儀に参列しました。当然、ひつぎの中には何もありません。すごく不思議でした。何もないという状況が。「何に対してお別れをしにきたのか」という感情です。ちゃんとしたお別れができなかった。

 漁港周辺に来ました。ここは町の基幹産業の核です。震災後、再オープンした市場と仮設魚市があります。周辺で毎年行われる夏祭りには震災後も老若男女多くの人が集まります。仮設魚市では「福興市」というイベントも開かれています。町内外から旬の海産物を求めて人々が訪れます。昨年は7年ぶりに海水浴場も再オープンしました。この辺りはいち早く復興した町を支える地域なのです。

 さまざまなニュースがありますが、町民の笑顔があふれて、互いに一生懸命頑張っているという姿が一番の正しい情報です。震災当時の惨状を伝えるのも大事ですが、同時に現状をプラスの方向にも捉えてほしいです。=月1回掲載

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【プロフィル】佐藤慶治

 さとう・けいじ 平成5年生まれ、南三陸町出身。仙台市内の大学を卒業後、南三陸町観光協会のスタッフとして、中高生らに震災の体験や町の現状を語っている。