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オウム死刑執行 仙台拘置支所周辺に緊張 「あの時代忘れてはいけない」

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オウム死刑執行 仙台拘置支所周辺に緊張 「あの時代忘れてはいけない」

 〈宮城〉一連のオウム真理教事件をめぐり、教団元幹部の林(現姓・小池)泰男死刑囚(60)の刑が26日、執行された仙台拘置支所(仙台市若林区)。早朝から報道陣約30人が詰めかけ、普段は静かな周辺の住宅街の住民らは緊張したような表情を浮かべた。テレビ報道を見て家から出てきたという近隣の50代女性は「(執行は)粛々とやったほうがいい。これで全部終わったんだな」と同所を見つめた。70代男性は「最後まで事件について何も語らずに執行された死刑囚もいて、社会的にこれでいいのかは疑問。いずれにせよ、いやでも記憶に残り続ける事件だ」と語った。

 ◆かつて活動拠点存在

 一連のオウム真理教事件で、確定死刑囚全員の刑が執行された。仙台市若林区の商店街の一角には、かつてオウム真理教の活動拠点があった。アパートの一室で「修行」に励む信者、そして地域社会に溶け込む一市民としての側面。周辺住民は「オウムがいた時代は忘れられない」と当時を振り返った。

 「オウムの拠点があったことが、悪いことかといえばそうとも言い切れない」

 近隣で店を構える60代男性はこう語る。白い服にヘッドギアをつけたまま道を歩く信者、夜に漏れ聞こえる“お経”。それが日常だった。

 一方で、八百屋へ買い出しに出たり、週末だけ修行に訪れて帰り際に買い物に寄ったりする、信者の何気ない暮らしぶりも垣間見えた。一連の事件を首謀していた団体だと分かるまでは、「見た目は普通ではないが、商店街にとっては普通の買い物客だった」と振り返る。

 ただ、地下鉄サリン事件の発生後、「(仙台にも)サリンがあるのではという風評が流れた」という。

 近隣の別の60代無職女性は、訪れた人から「こんな人を見かけませんでしたか」と写真を見せられたことがあったという。教団に入信した自分の子を探す親だった。

 ◆地域で働く信者も

 数日に1回は大型トラックが訪れ、赤や青の色のついた液体が入った大きなペットボトルが次々と運び込まれていたという。

 修行のない昼間には地域で働く信者の姿もあった。

 「当時は近所にパン屋があって、信者がアルバイトをしていた。礼儀正しくて。今でもオウムがなんだったのかさっぱり分からない」

 かつて、東京拘置所に刑場が整っていなかったころ、死刑囚が移送される「仙台送り」という言葉が執行の代名詞だった時代があった。

 「今では仙台送りとは言わないけど、(以前拠点があった)ここにオウムの死刑囚がいたのも何かの縁。あの時代をずっと忘れちゃいけないということなのかもしれない」。女性がぽつりとこぼした。 (千葉元)