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グリコの「オマケ」大集合 ルーツの佐賀の県立美術館で足跡紹介

500点以上のグリコのオマケが並ぶコーナー。戦前や戦後の高度成長期などオマケの変遷が見て取れる
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 日本を代表する菓子メーカー、江崎グリコ(大阪市)の創業者、江崎利一(1882~1980)の足跡と、会社の歴史に関する特別企画展が21日、江崎の出身地である佐賀の県立美術館(佐賀市)で始まった。時代を彩ったグリコの人気商品や広告を通じ、佐賀が生んだ偉人の、生涯を通じてめぐらせた創意工夫をたどる。 (谷田智恒)

                   ◇

 グリコ創業者の江崎は、現在の佐賀市蓮池町で生まれた。

 薬を商っていたが、暮らし向きは貧しかったという。あるとき、有明海沿岸で漁師がカキをゆでる姿を見て、カキの煮汁に注目した。煮汁には生物内でエネルギーを貯蔵するグリコーゲンが、多く含まれていた。

 その後、チフスにかかった息子が、カキエキスを与えた後に、一命をとりとめた出来事もあり、「これを世の中に広めたい」と事業化を決意した。失敗を繰り返しながら、栄養菓子のキャラメル開発を進め、大正10(1921)年に「グリコ」を試験販売した。

 当初、グリコはハート型だった。県立美術館で始まった「グググッ!! グリコ展~佐賀に生まれた創業者 江崎利一の想(おも)いにせまる」の会場では、軟らかいキャラメルをハート型にするローラーを展示している。

 ちなみにグリコは、昭和20~60年代は角型となったが、現在はハート型に戻っている。

 特別企画展の最大の目玉は「グリコのオマケ」だ。

 創業者は「食べる」と「遊ぶ」を子供の「2大天職」と考え、大正11年にカラー印刷の「絵カード」を商品に封入した。昭和2年に小さなおもちゃが商品につくようになり、同4年に「おもちゃ小箱」を登場させた。おもちゃは「グリコのオマケ」と呼ばれ、子供らに人気となった。

 江崎グリコは、戦後の物資が乏しい中も、紙やゴムを使っておもちゃを作り続けた。セルロイドからプラスチックが主流になり、平成に入ると、ぬくもりあふれる木のおもちゃも登場した。これまで約3万種類約55億個が開発された。

 会場では、グリコのオマケの変遷を、パネルと500点以上の実物で紹介している。

 このほか、昭和初期に東京の百貨店などに設置された、映画を見ることができる自動販売機のレプリカや、歴代の大阪・道頓堀ネオンサインのジオラマも展示している。

 道頓堀で有名な「ゴールインマーク」は、佐賀の神社で駆けっこをする子供が両手を挙げゴールする姿から、考案したという。

 映像やプロジェクションマッピングによる江崎利一語録の紹介もある。

 特別企画展は、県などでつくる実行委員会が、江崎グリコの協力を得て実現した。初日、県や江崎グリコの関係者らが出席し、オープニングセレモニーが開かれた。

 佐賀県の山口祥義知事は「赤ちゃんから高齢者まで愛してやまないグリコの原点が有明海であることは、私たちの誇りだ。人々を引きつけるコピーを考え、付加価値を与えて、売り出す商売哲学は、県政運営の参考にさせてもらっている。来館者が笑顔になる展覧会にしたい」とあいさつした。江崎グリコ社長の江崎勝久氏は「創業者の利一は金もうけではなく、世の中の役に立つ事業をしたいと常々考え行動していた。97歳で亡くなるまでアイデアを思いついては会社の開発担当者にぶつけるなど、創意工夫を生涯貫いた」と語った。

 会期は9月2日まで。期間中は休館しない。観覧料は大人600円、高校生以下無料。問い合わせはグリコ展実行委(電)0952・23・9112。

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