PR

地方 地方

【東京・地名研究室】新宿 未開地から国内最大の繁華街へ 

内藤新宿の模型。現在の新宿3丁目交差点付近を再現した=新宿区立新宿歴史博物館
Messenger

 国内最大のターミナル駅や繁華街がある新宿。その起源は元禄12(1699)年、甲州街道の新たな宿場「内藤新宿」が設置されたことにさかのぼる。

 甲州街道は起点の日本橋から最初の宿場である高井戸までの距離が長く、浅草の名主らが宿場の開設を願い出て造られたとされる。信州高遠藩主、内藤家らの屋敷だった場所に造成されたことからその名がついた。

 名主らは、幕府に現在の価値で5億円を超える5600両の支払いを申し出ている。多額の金を納めても「商機あり」とみたのだろう。やがて旅人だけでなく、江戸から日帰りで遊興できる場所として、旅籠(はたご)や茶屋が立ち並び、宿場は甲州街道に沿って現在の新宿三丁目交差点付近から、四谷四丁目交差点の西側付近まで約1キロに及んだ。

 火災や風紀統制で宿場が廃止された時期もあったが街の灯は消えず、昭和初期になると新宿駅周辺にも百貨店、映画館、カフェーなどがひしめいた。

 繁華街「歌舞伎町」の歴史は比較的新しい。終戦直後の昭和20年、地元町会長だった鈴木喜兵衛らが焼け野原となった周辺を「銀座と浅草の良さを取り入れた庶民的な娯楽センターに」と構想。歌舞伎劇場、映画館などの娯楽施設を中心とした復興計画を立案した。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ブランドコンテンツ