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【書と歩んで】(4)韓国文化院賞・片山澄男さん(74) 難病と闘う、挑戦の心

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 「心如水」。健康になりたい、また自由に自然の中を歩きたい-。そんな気持ちを込めて草稿を重ねるうちに、「水」は川のように流れ、「如」はハートの形に脈打った。「清く執着のない心を目指した」という山形の3文字は静謐でいて、長年登り続けたという山の生命が息づく。

 平成28年の秋、片山澄男さん(74)は急に体が震え、指がしびれるようになった。診断は顕微鏡的多発血管炎。臓器に分布する微細な血管が炎症を起こす国指定の難病だった。

 診断を受けた瞬間、「まだやることがいっぱいあるぞ」と感じたという。「見た人が一人でも感銘を受ける書を書きたい」。長年抱える願いに変化は一切なかった。

 現在は治療を行いながら書を続けている。指が震えて筆が持てない日は、筆をひもで手に縛りつけた。体が起き上がらず、寝たまま書いたこともあった。必要なのは、どんなことがあってもやり続ける心。執念だという。

 書を本格的に始めたのは31歳と遅い。東京都渋谷区で、終戦の1年前に生まれた。焼け野原の中、真っ黒だった子供に近所の人が「炭みたいだ」と、スミオと名付けたという。

 生家は焼け落ち、幼いころは住居を転々としながら、時には外国人しかいない界隈(かいわい)で暮らした。いつしか「人の間で生きているから人間。それならば、誰かのためにならなければ生きる意味がない」と考えるようになった。

 学校卒業後は広告制作会社に勤務。31歳のとき、人を育てることに人生を使いたいと、東京都町田市の教育委員会に転職した。そのころに出会ったのが、生涯の師となる現代書家の長島南龍氏(故人)だった。

 足し算の西洋美術とは異なり、白黒だけで表現する引き算の美術にひかれた。何より、書は文字だ。美術の上に意味のある文字が重なり、いつまで見ていても飽きない世界だった。

 その後、市教委に勤める傍らで書を学んだ。趣味は山登り、武道、華道、自転車作り。興味が湧けば何にでも挑戦し、見聞きしたさまざまなものや感情を書に込めた。見ただけで「面白い」と思うような、書き手の息吹を感じる書を追い求めてきた。

 書は短距離走に似ているという。何を表現するか、誰が見るのか、完成形を想像して集中力を極限まで高め、今までの経験をのせて一筆目を紙におろす。この一瞬で全てが決まる。書くことは、生命を感じることと近い。医者も驚くという回復力で、いまも白い紙に向き合う。

 現在の目標は、時代にあった書を書くこと。情報があふれ、選択が難しくなっている現代に、大切なことは何か気付いてもらえるような書を目指している。

 忘れられない絵があるという。旅先で見た葛飾北斎の「富士越龍図」。100歳まで生きる決意の印といわれる「百印」が使われた北斎晩年の作だ。

 「『100歳を超えればもっといい絵が描けるかも』という北斎の言葉が頭にある。自分もいま、その山に挑戦している途中だ」(岩崎雅子)

                   ◇

【プロフィル】かたやま・すみお

 昭和19年1月、東京都渋谷区生まれ。21世紀国際書会常任理事。産経国際書会審査会員。子龍会代表。

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