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山梨・富士河口湖町、「本庄家」を有形文化財指定 「富士講」以前の信仰拠点

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 富士河口湖町は26日、富士山信仰者の宿泊などの世話をする御師(おし)の住宅だった「本庄家」(富士河口湖町河口)の主屋(しゅおく)と中門を、町の有形文化財に指定した。町教委によると、河口地区は江戸時代に甲州街道ができて「富士講」が盛んになるまで、鎌倉街道を経由して富士山に向かう多くの道者を受け入れてきた宿場町だった。本庄家は唯一、当時の姿をとどめる希少建造物という点が評価された。(昌林龍一)

 町教委によると、富士信仰の道者たちは、関東各地から鎌倉街道を使って北上してきた。一方、甲信越地方からは御坂峠を越えてきたという。加持祈祷(きとう)や食事の提供などを行う御師は、自宅で道者をもてなしていた。

 江戸初期に甲州街道が整備され、富士講が盛んになると、御師の拠点は現在の富士吉田市上吉田に移り、河口地区は寂れていった。

 同家の工事記録である普請簿によると、何回かの火災を経て、現在の建物は江戸末期の天保年間(1831~45年)に建てられたとされる。河口地区で現在も残っている御師住宅は数軒だが、江戸時代の外観を残すのは本庄家だけという。

 27代当主の本庄元直さん(69)によると、富士吉田の御師住宅は団体を受け入れる旅館のような造りだが、河口地区は5~10人ほどの客を受け入れた民宿のようなものだったという。「富士吉田ではあまり見られないいろりが特徴」と指摘する。

 町教委は、世界文化遺産・富士山の構成資産の一つ、河口浅間神社がある河口地区で、その歴史を伝える文化財として保護、活用に努めたいとしている。

 主屋に展示スペースがあり、無料で見学できるという。

 本庄さんは「町の力も借りて住宅を守っていくことになり、ありがたく感じている」と話した。

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