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【東京・地名研究室】(2)秋葉原 「あきば」と「あきは」、どっち? 

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 アニメにコスプレ、AKB48に代表されるアイドルなどのマニアが集まる“オタク”の聖地、東京・秋葉原。この地名ができたのは明治になってからだ。

 JR秋葉原駅の東にある神田佐久間町は江戸時代に佐久間平八という材木商が住んでいたため付いたといわれる。江戸城築城用の材木を供給したのも佐久間町で、まきや炭を扱う業者も多かった。燃えやすいものが集まっていたため、何度も大火の火元となっており「アクマ町」とも呼ばれていたという。

 維新後も火事は続き、明治2(1869)年、付近一帯が焼失した。そこで現在の秋葉原駅と駅前広場付近を火除け地(防火帯)にして、江戸城内にあった火防(ひぶせ)の神が移された。当時の地図を見ると、鎮火社と書かれているのが、その火防の神だろう。

 この江戸城の火防の神が現在の浜松市にある火防の神様、秋葉(あきは)神社の分霊だったため、住民はこの鎮火社を秋葉神社と呼び、周辺を「アキハノハラ」「アキバノハラ」と呼んだそうだ。

 その後、鎮火社は現在の台東区松が谷に移転し、秋葉(あきば)神社と呼ばれている。23年、この防火帯に貨物専用駅、秋葉原(あきはばら)貨物取扱所ができた。

 なぜこの貨物駅が「あきはばら」を採用し、「あきばはら」ではなかったのか。JR東日本に聞いたが、古すぎて詳しいことは分からなかった。

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