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石巻南浜津波復興祈念公園整備中 人が寄り添うきっかけの場に

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 東日本大震災で津波と大規模な火災が襲った宮城県石巻市沿岸部の南浜・門脇地区。国と県、市は共同で犠牲者を追悼し教訓を後世に伝える「石巻南浜津波復興祈念公園」の整備を進めている。1800世帯の営みがあった場所はいま、むき出しの土と生い茂った草、重機が点在している。公園は平成32年度の完成を目指し、29年3月に着工、今年度造成が本格化する。

 ◆フランスギクを移植

 公園内にある「がんばろう!石巻」の看板近くに5月中旬、愛知県弥富市の服部彰文市長の姿があった。この地区で亡くなった佐藤愛梨ちゃん=当時(6)=の最期の場所に咲いていたフランスギクを全国で増やす「アイリンブループロジェクト」に賛同、弥富市で育てた花を花壇に移植した。

 「伊勢湾台風の高波で市内の死者・行方不明者は358人にのぼった」。被災から来年で60年、災害への備えを忘れてほしくないと市内の小中学校などでも植えている。

 利府町の会社員、赤川博之さん(36)も小学3年の梨里香ちゃん(9)と1年の柚季奈ちゃん(7)と植え替えに参加した。「震災時はこの辺りで働いていて元の街並みを知っている。でもこの子たちは知らない。震災をこのような形で未来に伝えていければ」という。

 この場所は国が管理するエリアで、すでに市民活動拠点として機能している。NPO法人「こころの森」代表の古藤野靖さん(59)は南浜で育ち、公園の整備に関わる協議会の会長も務める。荒涼とした景色を指さし、「枯れた大きな松2本が立つのは善海田稲荷(いなり)の境内」「あそこは津波に流された濡仏(ぬれぶつ)の台座」と、過去をひもとくヒントを教えてくれた。

 広島市内で育った私の記憶の中では、平和記念公園はずっと緑あふれる公園だ。だがこの2年半に被爆遺構がようやく発掘され、焦げたしゃもじ、熱で溶けた牛乳瓶などが出土。人々が暮らした場であったことに気づかされた。

 そのことを話すと、古藤野さんは「震災後は暗くて来られない場所だった。でも広島、長崎、沖縄…。今は平和のメッセージを発信する場になった。自然災害に遭遇したが、今度は自然と人が寄り添うきっかけの場になれば」。

 ◆命を感じる森に

 代表を務めるNPO法人は里山から樹木の種を拾って育苗し、公園の中に手作りの森づくりを始めている。

 「ゴルフ場のような人工的な公園ではなく、明治神宮のような命を感じる森の公園にしたい」のが思いだ。

 この場所で現在活動するのは9団体。計20団体がこれまでに活動の名乗りをあげた。被災3県に国などが1カ所整備する復興祈念公園。建設中から市民参画、協働で取り組むのはここだけだ。

 市民活動拠点から少し離れ、足元をみると、かつての排水溝、道路の縁石、さびた鉄亜鈴…。確かに人々の営みがあった。これから整備され、植樹され、50年後にはきっと森になるだろう。

 「今だからこそ訪ねてほしい。変わりゆく様子を心に刻んで」

 国土交通省東北地方整備局の武藤徹・東北国営公園事務所長はこう話した。

  (高梨美穂子)

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