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九度山産の綿で真田紐を 地元の研究会が栽培初挑戦、600グラム分仕上がる 和歌山

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 戦国武将・真田幸村ゆかりの九度山町の町民らでつくる「九度山真田紐(さなだひも)研究会」が昨年、栽培に初挑戦して収穫した綿が約600グラム分仕上がった。同研究会では糸を紡いで染め上げ、真田紐の一部として活用していくほか、地元の子供たちに綿作りも体験してもらうことを検討している。

 関ヶ原の戦いで味方した西軍が敗れたため、九度山で蟄居(ちっきょ)生活を余儀なくされていた真田昌幸・幸村父子が、生活や情報収集のために家来らに売りに行かせていたとされる「真田紐」。丈夫な真田紐を織るには木綿糸が必要で、原料の「川上木綿」と呼ばれる木綿が九度山でも当時栽培されており、現在の長野県上田市で培った紐の製造技術を使って織られていたという。

 既製の糸を使って真田紐を織っていた同研究会では昨年春、自分たちで原料から手がけようと、工房裏の休耕地だった畑に綿を植えた。8月下旬に花が咲き始め、秋に収穫。綿と種に分ける作業などをした後、地元のふとん店に加工を依頼していた。仕上がりについて、ふとん店関係者は「ふわふわしていて最上級の綿になった。もっと量があれば、掛け布団にも使える」と太鼓判を押す。

 綿畑は昭和30年代には町内でみられなくなったとされ、同研究会の青木美佳さんは「九度山産の綿で真田紐を織ることが一つの目標だった。栽培した綿がこんないい状態になって、うれしい」と喜んでいる。同研究会では、収穫した約600グラム分と既製の糸との“両輪”で真田紐を織っていくことになりそうだという。

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