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京都の町家跡から江戸期の秘薬容器出土 金沢製、御所にも献上

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 江戸時代に加賀藩・金沢で製造され、京都御所にも献上された秘薬「三味薬(さんみやく)」が入っていたとみられる容器、合子(ごうす)が、京都市中京区の町家跡から出土した。上流階級しか手にできない3種の薬が入っていたとみられ、巨大な地下室を伴う町家跡から出土したことから、調査にあたった民間調査会社アルケスは大商人が住んでいた可能性が高いとみている。

 ホテル建設に伴い平安京の左京三条三坊五町の一角、220平方メートルを調査。18世紀後半から19世紀前半にかけての江戸時代の町家跡から地下室(むろ)が出土した。周囲が石垣で囲まれ、南北3・6メートル、東西8・4メートルと大規模な地下室で、元治元(1864)年の禁門の変で焼失したとみられる。

 合子は直径約8センチ、高さ約4センチの磁器製。地下室から多数のがれきとともに見つかった。本体に「金澤犀川(さいがわ)宮竹屋亀田伊右衛門」、蓋には「加州 三味薬調合所」とそれぞれ書かれていた。中にはひと回り小さく、火災で変形した同種の器が入っていた。

 三味薬は緒病に効く「紫雪(しせつ)」と「耆婆萬病園(ぎんばまんびょうえん)」、卒中に効く「烏犀園(うさいえん)」からなり、加賀藩は“金沢の薬種御三家”とされる3豪商に製造を許可していた。宮竹屋はその一つで、京都の医師で文化人、荻野元凱(げんがい)を通じて京都御所にも献上していたという。

 同様の合子が京都市内の発掘調査で発見されたのは2例目という。この地は平安時代は藤原道長のライバルとされた藤原伊周(これちか)の邸宅があったとされ、江戸時代には大名相手の呉服所が営まれていたともいわれているが、具体的な名前は不明だ。

 同社の持田透代表は「三味薬は加賀でしか調合されていない貴重品。加賀にゆかりの人なのか。それとも京都で販売を許された数少ない薬商なのか。住人特定の手がかりになるかもしれない」と話している。

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