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ツチノコ探検30年…改めて地域振興探る 奈良・下北山村で記念シンポ

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 昭和60年代に蛇に似た未知の生物「ツチノコ」ブームに沸いた下北山村で、当時を振り返りながら地域おこしのヒントを考える「ツチノコ探検30年記念シンポジウム」が開かれた。探検隊を率いた元村議や、当時役場職員だった南正文村長、元記者らが参加。全国から村に人が押し寄せた、30年前の熱気を語った。

 村でのブームのきっかけは昭和62年に新聞報道された村民のツチノコ目撃情報だった。目撃情報は多数寄せられていたことから、当時村議だった野崎和夫さん(71)は、ツチノコで村を活性化させようと探検隊を募集。「賞金100万円」という破格の“手配書”を作成すると、全国から希望者が殺到した。

 63年4月には「第1回ツチノコ探検」が行われ、マスコミ関係者約80人を含む約230人が参加。参加者は捕獲祈願をした後、目撃情報があった付近でずらっと一列に並んで山を下り、ツチノコを追い込む作戦で捜索に汗を流したという。発見には至らなかったものの、ツチノコ探検は平成2年まで計5回開催された。

 今回のシンポジウムでは、この一連のツチノコブームの中で野崎さんら探検隊メンバーが中心となって立ち上げた「ツチノコ共和国」も紹介された。村を独立国になぞらえたパロディー国家で、活動に賛同する全国の約2千人が“国民”となり、交流を図った。

 シンポジウムにパネリストとして参加した流通科学大の白石太良(たろう)名誉教授(81)によると、同様の「ミニ独立国」は当時、地域づくりのひとつの形として流行し、全国で200以上が“建国”されたという。

 下北山村では過疎化が進み、平成1年に約1600人いた村民は30年間で約900人にまで減少。当時の熱気を知る人も少なくなった。野崎さんは、「当時の取り組みの中には、今でも通用するノウハウがあるはず。これから地域おこしがしたいという人に伝え、村の将来を考えていきたい」と話した。

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