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【維新を歩く】河井継之助 北越戦争で長岡城奪還 信念貫く武士道

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 記念館の稲川館長はこう強調した。「継之助は女性にだらしなく、切腹一歩手前のこともいっぱいやっている。だが、自分の限界を決めず志をもつ姿勢は現代人に欠けた部分。悪い面だけでなく、両面から継之助を考えてほしい」(松崎翼)

                   

【用語解説】河井継之助

 かわい・つぎのすけ 文政10(1827)年1月1日、長岡藩の中級藩士だった河井代右衛門の長男として生まれる。禄高は120石。江戸や西国を遊歴し、蘭学や西洋砲術で知られる佐久間象山、陽明学者の山田方谷らの下で学ぶ。最新鋭兵器の機関銃「ガトリング砲」を2門購入して武装を強化。戊辰戦争では、圧倒的な兵力で攻め入った新政府軍から、陥落した長岡城を奪い返した。しかし、この戦闘で撃たれた膝の傷が悪化し、敗走途中の1868年8月、41年余りの生涯を終えた。

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