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春の叙勲に長野から73人

 ■旭日小綬章 倉田龍彦さん(73) 民進党県連副代表、元県議

 情報通信機器メーカーの労働組合で副委員長をしながら、昭和62年の県議選で初当選した。それから7期務め、吉村午良、田中康夫、村井仁、阿部守一の4知事と向き合った。

 一番思い出深いのは、知事と県議会との対立が深刻化した田中県政だ。こちらもしっかりと勉強しないと立ち向かえないので、相当、勉強した。深夜に本会議があったり、何回も議場でストップをかけたりした。

 阿部県政が誕生した経緯も忘れがたい。平成21年に旧民主党が政権を取り、翌年の知事選では、民主党などの推薦をもらった阿部氏が、自民、公明両党の推薦候補を約5千票差で破り初当選した。

 その当時は小沢一郎幹事長の下、地方組織の権力が県連幹事長に集中していた。選挙戦ではその任にあったので、結果を出せて胸をなで下ろした。その後、県連のかじ取り役を10年ほど務めたが、党のために尽力したつもりだ。

 阿部氏が2期目を目指す26年知事選も全力で取り組んだ。当時、自民党県連の幹事長だった故石田治一郎氏とひざ詰めで話し、ともに推薦する態勢を築くことができた。民主、自民両党がそろって県政をもり立て、県民本位の県政を実現する必要があると考えてのことだった。

 2期8年にわたり、阿部県政の支持率が80%を超えているのはなぜか。県民世論が割れる政策課題に踏み込んでいかない姿勢の裏返し、という面もある。そうした重要課題がないのかもしれないが…。阿部氏には、信じる政策ならば敢然と推進する気概を持ってもらいたい。

 今年2月に体調を崩して入院したが、今ではすっかり元気になった。帽子を離せなくなったのは仕方がない。社会福祉法人理事長としての仕事もあり、忙しい毎日を送っている。長野市の自宅で妻と2人で暮らしている。受章を知らせたらとても喜んでくれた。いろいろと苦労をかけたので、少しばかり恩返しができた。(太田浩信)