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下京区で平安期の庭園跡出土 中・下流貴族の屋敷か

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 京都市下京区のホテル建設予定地から、平安時代後期の11世紀に造営されたとみられる庭園跡が出土し、元興寺文化財研究所(奈良市)が説明会で地元住民に公開した。庭園は自然の地形を生かした築山を中心に、2期に分けて造営されていたことも判明。比較的コンパクトにまとめられていることから、中・下流貴族や武士らの屋敷のものと想定されるという。

 現場は平安京の左京六条二坊十二町にあたる。約170平方メートルを調査したところ、調査地の西側から平安時代後期の土器を伴った池の跡と滝を想定した石組みや滝から池へと水を導く遣(や)り水とみられる跡が出土した。

 さらに遣り水とみられる跡の下層からは洲浜を伴った別の池の跡も出土し、池を2期に分けてつくり替えていたことが確認された。

 一方、東側に自然の高まりを利用した築山があり、それを中心に池を配置していたことがわかった。さらに池の汀(みぎわ)には、池にせり出して建てられた釣殿(つりどの)のような建物の存在を裏付ける礎石も出土した。

 この地は源氏の拠点だったとされるほか、平安時代の日記「山槐記(さんかいき)」では大蔵卿を務めた正三位・藤原親雅(ちかまさ)邸とされ、あるいは鳥羽法皇の近臣である平親範(ちかのり)の屋敷があったとする記録や言い伝えも残る。

 このほか、室町時代の地層からは、日蓮宗寺院の本圀寺(ほんこくじ)の創建にかかわった施設のものとみられる礎石も出土した。

 同研究所の佐藤亜聖主任研究員は、「庭の大きさから1町(120メートル四方)を占める大貴族の邸宅ではなく、その半分か4分の1程度の邸宅とみられる」と説明。また、山田邦和・同志社女子大教授(考古学)は「貴族ならば中・下流だろう。あるいは文化や風流を好んだ源氏の屋敷の可能性もある」と話している。

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