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熊本地震から2年 「乗り越えていくしかない」 悲しみ胸に日常へ「一歩」

熊本県庁で開かれた熊本地震犠牲者追悼式
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 あの日の恐怖も、亡くなった人への思いも忘れられない。それでも「乗り越えていくしかない」と、被災者は改めて誓った。最大震度7を最初に観測した熊本地震の「前震」から2年となった14日、小雨降る被災地では人々が、悲しみを胸に犠牲者らを悼み、突然の激震で奪われた日常を取り戻そうと一歩一歩進んだ日々を振り返った。いる熊本市の熊本城・天守閣に向かって、多くの人々が黙祷(もくとう)した。

 「地震は昨日のことのよう。悲しい顔を見せないように毎日過ごしていきます」。心臓病を患い入院していた次女、花梨ちゃん=当時(4)=を震災関連死で亡くした宮崎さくらさん(39)は、熊本県庁での追悼式に夫の貴士さん(39)と参列し、涙を見せた。

 阿蘇大橋(南阿蘇村)の崩落現場で犠牲となった大和晃さん=当時(22)=の母、忍さん(50)は遺影を胸に抱き、何度もハンカチを顔に当てた。

 震度7を2度観測した益城町。前震で家屋が倒壊し犠牲になった村上正孝さん=当時(61)=と母、ハナエさん=同(94)=の自宅跡には、住民ら約20人が集まり、花と線香を供えた。正孝さんを知る近所の男性(69)は「子供たちは元気だよ」と祭壇に声を掛けた。

 「1年7カ月、避難所や、みなし仮設住宅で暮らした。寂しくて心細くて仕方なかった」。同町の萩元満男さん(87)は、妻と娘の3人暮らし。全壊の自宅を取り壊し、昨年11月に新しく家を建てた。周りにも新しい家が建ち始め「何もかもなくし、もう生きていけないと思った。戻ってこられて本当にうれしい」と話した。

 「264人の犠牲者に報いるためにも、創造的復興を成し遂げ、熊本の発展につなげたい」

 熊本県の蒲島郁夫知事は追悼式の後、改めて復興への決意を述べた。

 県内では、住まい再建に不可欠な被災家屋の解体はほぼ完了した。半面、約3万8千人が仮設住宅などでの生活を余儀なくされている。

 蒲島氏は「国のさまざまな財政措置で地方負担の最小化が図られ、躊躇(ちゅうちょ)なく復興の歩みを進めることができた。ただ、住まいの復興がないと、心の復興はない。再建支援のメニューを示し、一人一人に寄り添いながら支援を続けたい」と語った。

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