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田中正造に「鬼神を泣かせる漢詩作る」と評された碓井要作 小山で企画展 地元の水害対策に尽力

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田中正造に「鬼神を泣かせる漢詩作る」と評された碓井要作 小山で企画展 地元の水害対策に尽力

碓井要作の絶筆詩(「香夢録」から)などが展示されている。左は石塚兵民の「碓井先生を弔う詩」=小山市乙女の同市立博物館 碓井要作の絶筆詩(「香夢録」から)などが展示されている。左は石塚兵民の「碓井先生を弔う詩」=小山市乙女の同市立博物館

 足尾銅山鉱毒問題に取り組んだ田中正造と共に、地域の水害対策を訴え続けた碓井(うすい)要作(ようさく)(1871~1934年)を紹介する企画展「碓井要作-田中正造とともに歩んだ蚕種家(さんしゅか)」が小山市立博物館(同市乙女)で開かれている。5月27日まで。蚕種業と漢詩に優れた才能を発揮、政治家としても志を持ち続けたが、その生涯は順風ではなかった。同館調査で明らかになった碓井の素顔は…。

 ▼絶筆詩「清貧二十年」

 「苦節清貧二十年」から始まる絶筆詩。県議選投票後に入院、落選を病床で聞き、その悔しさと郷土の人への感謝を詩につづった。

 同館学芸員、尾上仁美さん(34)によると、正造死後20年、県議選で落選を繰り返し、正造の遺志を継いだ谷中村問題は解決できなかった忸怩(じくじ)たる思いを吐露しつつ、「今は花は開かないが、必ず遺志を継ぐ者が現れることを信じてやまない」という内容だ。

 碓井は20日後に死去するが、筆の運びに弱々しいところはない。実物は未発見で、展示は碓井を追悼した「香夢録(こうむろく)」から。

 下生井村(現小山市)出身の碓井は地域を水害から救いたいと正造の活動に賛同、県議も務めた。

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