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【静岡・古城をゆく 北条五代の史跡】遠江三郡乱入(掛川市) 茶々丸擁護の原氏討伐

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【静岡・古城をゆく 北条五代の史跡】
遠江三郡乱入(掛川市) 茶々丸擁護の原氏討伐

高藤城跡はゴルフ場開発で消滅したが、長福寺の門前は原氏の古城跡(本郷城)と伝わる=掛川市本郷 高藤城跡はゴルフ場開発で消滅したが、長福寺の門前は原氏の古城跡(本郷城)と伝わる=掛川市本郷

 今川軍の侵入に伴う混乱の中、当該の国衆たちがお互いに争ったことで、これを好機と見た氏親は明応5年、遠江へ侵攻した。横岡城(島田市)の鶴見氏、松葉城(掛川市)の川井(河合)氏、倉真城(掛川市)の松浦氏らを攻めた。『掛川誌稿』には「多数の敵に囲まれ、城中に全員自刀す」などの出典があり、今川氏の軍門に降ったとされる。

 この早雲による遠江三郡乱入は、京都で勃発した応仁・文明の乱で、東軍の細川勝元と今川氏、それに対する西軍の山名宗全と斯波氏との熾烈(しれつ)な戦いが根底にあったことは余り知られていない。今川氏の斯波氏領であった遠江平定は、義忠・氏親二代による旧領奪還はなんと45年間に及んだ歴史観が、ここにも凝縮されていた。(静岡古城研究会会長水野茂)

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