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熊本地震から2年 復興のシンボル・熊本城が被災者勇気付ける

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 熊本地震(平成28年4月)で瓦が崩れ落ち、大きな被害を受けた熊本城天守閣の大天守が、往時の威容を取り戻しつつある。4月に入り、大天守を覆う仮設の屋根も取り外され、最上部が姿を見せた。白っぽく、真新しい瓦がふかれた屋根には新しいしゃちほこも載る。熊本の「天下の名城」がよみがえる様子は、復興に向けて奮闘する被災者を勇気付ける。 

 一連の地震で地上6階、地下1階の大天守の瓦は大量に落下し、柱や石垣も崩れた。しゃちほこも倒れた。城を誇りとしてきた熊本県民の心は折れかけた。

 城内への立ち入りは規制されている。そこで、観光客は加藤清正を祭る近くの加藤神社から、ひと目でも城を見ようと集まる。

 「あのお城の姿は、今しか見られない。よくご覧になり、記憶にとどめておいてください」

 熊本城を拠点にボランティアで観光案内する「くまもとよかとこ案内人の会」の女性ガイドはこう語りかけ、手に持ったかつての天守閣の写真を見せていた。

 観光客らはそれぞれに見比べ、感心していた。復旧工事が進む天守閣をバックに記念撮影を楽しんだ。

 天守閣は西南戦争(明治10年)で、薩摩軍による総攻撃の直前に原因不明の火災で焼失したが、昭和35年に市民らの寄付で鉄筋コンクリートで再建された。明治時代の初めに撮影された写真をもとに、瓦1枚にいたるまで忠実に外観を復元した。

 だが、熊本地震でその姿は一変する。

 「熊本城の再建なくして、熊本の復興はない」

 安倍晋三首相は震災直後の4月23日、熊本県庁で蒲島郁夫知事と会談し、最大限の支援を約束した。

 城の修復に使ってほしいと、県内外の企業・団体からの寄付も相次ぐ。1口1万円で募る「復興城主」制度には、これまでに8万8800件で、計16億4千万円の寄付金が集まった(今月12日現在)。

 天守閣の本格復旧を担うのは大手ゼネコンの大林組だ。外観工事は平成31年秋ごろには終わる。33年春ごろには小天守も復旧し、内部見学ができるとのスケジュールを描く。

 この間、熊本市では31年秋をめどに、日曜と祝日に限り工事用の仮設スロープを伝い、天守閣前の広場まで入れるようにしたい考えだ。

 城の復旧工事は1年前から本格化している。まず、大天守を囲う足場を組み、全体をシートで覆った。

 最上階はいったん解体してつくり直した。昨年11月には、ふき替えた瓦屋根の隙間を埋めたしっくいが雨に降られないように、真っ白な仮設の屋根を設置した。

 その後、7千枚を上回る屋根瓦のふき替えがほぼ終わったことから、仮設屋根の撤去作業が始まった。

 瓦屋根は、日の光を浴び、遠くからでも輝いて見える。今月6日には、最上部の屋根の両端にあったしゃちほこを載せる作業も始まった。28日にも再び大天守に2体がそろう。

 天守閣では制振装置を取り付け、耐震性を高める作業に入る。

 今後、バリアフリー化も進む。大天守には、高齢者や障害者向けのエレベーターも新たに設置される。

 熊本城は被災してもなお「復興のシンボル」であり続ける。熊本市民、県民は被災した城を見て、改めてその存在感の大きさを感じている。

 熊本市の大西一史市長は3月27日の定例記者会見で「熊本城は多くの人にとり、精神的な支えだ。来年秋には大天守の全体を完成させ、『元の熊本城に戻っていっているんだ』と実感してもらえるように頑張りたい。城の復興が、ひいては自分たちの復興につながるという勇気、元気を感じていただきたい」と語った。

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