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玄海原発3号機蒸気漏れ トラブル点検の優先度は低く 環境に影響なし

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玄海原発3号機蒸気漏れ トラブル点検の優先度は低く 環境に影響なし

 九州電力玄海原発3号機(佐賀県玄海町)で3月30日、配管から蒸気漏れトラブルが生じた。再稼働した直後でもあり、メディアで大きく報じられた。ただ、トラブルが起きたのは放射性物質が通るはずがない2次系統の配管だった。原発の運転に細心の注意が求められるのは言うまでもないが、いたずらに不安をあおるような報道を問題視する声も上がる。 (中村雅和)

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 3月30日午後7時ごろ、発電用タービン建屋近くで配管を確認中の作業員が蒸気漏れを発見した。場所は屋外だった。その後の調査で、配管設備の一部「空気抜き管」に直径約1センチの穴が開いていたと判明した。

 玄海原発は「加圧水型軽水炉」(PWR)と呼ばれる方式を採用している。

 核燃料に直接触れ、熱エネルギーを取り出す「1次冷却水」と1次冷却水から熱を受け取り、蒸気タービンを回す「2次冷却水」という2つの系統の水の流れがある。

 放射能を帯びるのは1次冷却水だけで、2次系統は単なる水だ。2次系統の仕組みは、石炭やLNG(液化天然ガス)を使った火力発電所と変わりはない。

 蒸気漏れは2次冷却水の配管で発生した。発生場所のタービン建屋周辺は放射線管理区域の外側だった。同区域は、原発作業員の被曝や周辺環境への放射線への影響を抑えるため、放射線障害防止法などに基づいて定める。

 従って、今回のトラブルは、原子炉等規制法や九電と立地自治体が結ぶ安全協定上、「異常事象」に該当するものではなかった。環境への影響もなかった。

 国際原子力機関(IAEA)が定める事故レベルでいえば7段階に入らず、「ゼロ」以下となる。

 原発という巨大プラントを安全に運営する上で、点検などの優先度は決して高い個所とはいえない。

 だが、再稼働直後のトラブルとあって、報道各社は大きく扱った。いずれの記事も、トラブルの中身はきちんと報じていた。

 ただ、新聞の1面に加え、社会面でも原発反対派が運転停止を求める声を強調するケースもあった。

 原子炉そのものには問題はない。にもかかわらず、放射性物質が屋外に漏れたかのような印象を持たれかねなかった。テレビでは、蒸気漏れとは場所が違う原子炉そのものから多量の蒸気を放出する映像が、繰り返し流れた。

 これに対し原子力規制委員会の更田豊志委員長は、4月4日の定例記者会見で「安全上のインパクトにかかわるような話ではない。安全上の位置付けからすると比較的、低いグレードのものだ」との認識を示した。

 東京工業大先導原子力研究所の奈良林直特任教授(原子炉工学)は産経新聞の取材に、「事実に基づき、事故の程度に合わせた報道が必要だ。いたずらに不安を強調するのは間違っている」と語った。

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 ■よく気が付いた

 九電は2日、蒸気漏れの原因となった配管の写真を公表した。さびで赤茶けていた。それに対し、九電の点検がずさんだったと示唆する報道も見られた。プラントの実態を反映した内容なのか、疑問を抱いた。

 屋外の金属製の配管は、さびるのが前提だ。大手鉄鋼メーカーの担当者は「外面のさびは即、管の機能の問題にはつながらない。そのようなさびは、劣化とはいえない」と明言する。

 もちろん配管メーカーは設置環境などを踏まえ、なるべくさびないように金属配合や厚み、防錆法などを検討する。それでも「絶対に壊れない機械がないように、絶対に腐食しない管もない。だからこそ耐用年数を設定し、管理する。それが工学の常識だ」(鉄鋼メーカー担当者)という。

 九電は平成19年の定期検査時、管の厚みなどから、該当管の耐用年数を47年と評価した。その後も、保守管理担当者が目視でチェックを続けた。こうした態勢があってこそ、大事になる前に蒸気漏れを発見できたといえる。

 今回のトラブルに関し、九電関係者の口は重い。トラブルを起こしたのは事実であり、その当事者から「軽微です」とは言いにくいというわけだ。

 ただ、さまざまな関係者の証言を基にすると、今回の蒸気漏れは「よく目視で気が付いたな」というレベルだった。

 実際、最初の作業員が蒸気漏れを見つけた後、別の複数の作業員が現場に向かい、「これは本当に蒸気漏れなのか」と、確定にしばらく時間がかかったという。

 東京電力福島第1原発事故後、原発には厳しい目が向けられる。電力会社には安全対策に万全を期すことが求められる。

 安全対策とは放射性物質漏れ、特に福島の事故のような大規模な放射性物質漏れを防ぐのが最大の目的だ。目的に沿い、優先度を付け、巨大プラントを運営する。隅から隅まで微細なトラブルさえ一切起こすなというのは「非現実的」とはいえないか。

 現実は、安全に対し科学的な根拠に基づいた評価のもと、小さなトラブルを一つ一つ解消し、将来の大きな事故のリスクの低減を目指す。

 ただ、社会から、そのような姿勢への評価が失われると「小さなトラブルは公表しないようにしよう」という心理が働きかねない。それでは本末転倒だろう。