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【今こそ知りたい幕末明治】勤王僧月照と和魂漢才の碑

太宰府天満宮の境内にある「和魂漢才」の碑
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 西郷隆盛の同志として知られる勤王の志士で清水寺成就院の僧、月照(忍向)が九州各地を逃避行し、鹿児島の錦江湾に入水した話はよく知られている。NHK大河ドラマ「西郷どん」や現在、太宰府天満宮宝物殿で開催されている「太宰府幕末展」など明治維新150周年記念事業の影響もあり、登場人物である月照への興味関心も高まっている。

 春山育次郎『月照物語』(昭和2年)、友松圓諦『人物叢書(そうしょ) 月照』(吉川弘文館)、『平野國臣伝記及遺稿』、『薩藩維新秘史 葛城彦一伝』などの文献資料によれば、月照は西郷や薩摩藩士、有村俊斎(海江田信義)らの周旋で薩摩藩脱藩士で筑前に潜伏していた同志の北条右門(木村仲之丞、後に村山下総・松根)や竹内五百都(伴右衛門、葛城彦一)らの手引きにより、平野国臣と薩摩まで落ち延びた。だが、西郷の周旋むなしく、藩の方針で日向送り(国境で切り捨てる)に決まった。

 絶望した西郷は、月照とともに錦江湾で入水を図ったが、西郷だけが奇跡的に助かり蘇生(そせい)した。現在でも鹿児島市吉野町には、その蘇生の家や月照上人遷化(せんげ)の碑が史跡として残っている。遷化とは高位の僧らが亡くなることをいう。

 また、鹿児島市内には鹿児島銀行本店敷地に月照上人遺蹟(いせき)の碑(金生町、旅館俵屋跡)や南洲寺(南林寺町)に月照の墓もある。墓は京都清水寺にもある。

 月照は、安政5年10月、西●隆盛や平野国臣らを頼って、薩摩下りの途中、薩摩藩北条右門の周旋で福岡下名島町の高橋屋平右衛門(正助)らを通じて松屋・栗原孫兵衛宅に宿泊・逗留(とうりゅう)した。月照はその間、栗原孫兵衛の計らいで孫兵衛の次男の孫吉と太宰府天満宮(安楽寺天満宮)の僧、十鏡坊も同行・案内し宝満山に登ったり、紅葉見物に出かけたりした。太宰府天満宮への参詣、太宰府の名所見物などもし、つかの間の休息を楽しんだという。

 月照を匿った味噌醤油(みそしょうゆ)蔵の跡の松屋庭園には、月照から一宿一飯のお礼に送られた和歌にちなむ「言の葉の花をあるじに旅寝するこの松かげは千代もわずれじ」の歌碑が建立されている。孫兵衛の心づくしのもてなしや温情に対する感謝の気持ちにあふれた風流な歌である。

 そして月照は「赤心報国の人々和魂漢才の碑を立つると聞いて、しきしまや大和心の一すちにいとかしこくもたつる石ふみ」との和歌も詠んだようである。

 ここに出てくる和魂漢才の碑とは、太宰府天満宮境内に建立されようとしていた石碑のことだ。安政5(1858)年に松屋・栗原孫兵衛や福岡の楠屋(宗五郎、勘一・勘三郎)ら筑前の平田国学派(平田篤胤の国学の系統)と、北条右門・竹内五百都・工藤左門(井上出雲守・藤井良節)ら筑前に潜伏した薩摩藩脱藩士が中心となり、石碑を建立した。

 石碑は現在、太宰府天満宮境内(手水舎付近)にあり、松屋や楠屋など「和魂漢才石碑寄進衆中世話人」や賛同者の名前が記されている。そこには、太宰府の和泉屋総兵衛(梅園)や長州・下関の勤王派商人の白石正一郎、江都(江戸)、羽州、奥州、濃州、因州なども含めた全国の同志の名がある。

 和魂漢才碑は京都北野天満宮や大坂(阪)天満宮など全国的に建立されている例がある。「和魂漢才」は、天神様すなわち菅原道真公ゆかりの精神にちなむ。「教養としての漢学に精通しつつも日本文化の心=和魂は失わない。和魂と漢才の融合が大切である」という学問の基本姿勢を示した文言と考えられる。

 江戸時代中期の国学者、谷川士清『日本書紀通證』の注釈文の一節からの引用で、碑文は菅公の子孫でもある五条(菅原)為定の揮毫(きごう)だ。幕末の勤王志士の同志的結合や人的ネットワーク形成には寺子屋や学問所などで普及した天神信仰、国学など学問教育や剣術、芸道などの流派や社中、人脈の影響も大きかったと思われる。

 私の奉職する都築育英学園日本経済大学は太宰府で開学した。当地にゆかりの深い「和魂漢才」から、明治期の「和魂洋才」に至る東西融和の日本文化の歩み、すなわち「やまとごころ」の伝統を継承しようと、「和魂英才」の理念を掲げる。

 明治維新150年の今年、本学も開学50周年の節目を迎えた。初心に帰り、月照や西郷ら幕末の志士が大切にした「赤心報国」の志や、人的つながりの関係性から見た国事周旋の実態、明治維新の根源を九州、福岡太宰府から再発見していきたい。

                   ◇

【プロフィル】竹川克幸

 たけがわ・かつゆき 昭和48年、福岡県飯塚市生まれ。鹿児島大、同大学院修士課程、九州大大学院博士課程などを経て、日本経済大学経済学科准教授。専門は日本近世史と九州の郷土史。特に幕末の太宰府と五卿の西遷、志士の国事周旋の旅などを調査研究。著書(共編著)に「アクロス福岡文化誌9福岡県の幕末維新」(海鳥社)など。

●=郷の艮が食へんの旧字体のひとがしらを取る

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