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【そして、志す】(1)松島町の「だがしやこどもきち」経営・遠藤勉さん(43)

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 ■子供目線でまちを元気に

 きなこ棒、くじ、グミ、チョコ…。童心をくすぐる品ぞろえ。「あれ」を買おうと決めてたのに、「これ」もほしくなってくる。握りしめてきた小銭。店番のお姉さんに聞いてみる。

 「これであと、何が買える? それから、きょうって、誰か来た?」

 東日本大震災で被災した松島町の商店街。週に数回だけ開店するたったひとつの駄菓子屋さんがある。

 「だがしやこどもきち」。経営するのは水道工事業を営む遠藤勉さん(43)。店名には「子供の『秘密基地』になってほしい」という願いを込めた。

 「震災後は廃業する店も増え、町からは元気がなくなる一方だった。商店街を歩く子供の姿もなかった。未来の松島を担う子供の目線で考えてみて、一番いいのは駄菓子屋だと思いました」と語る。

 開店は平成28年。ランドセル背負って来店禁止、ゲーム禁止…。ルールはあるし、子供用の計算機も用意してある。

 「男の子は当たり付き、女の子はかわいいものが好き」。遠藤さんの本業では事務員、「こどもきち」では店員になる丁子千鶴さん(23)が教えてくれた。売れ筋は必ず当たる54円の「ゴールドチョコ」。「必ず10円分の金券は当たることになってるんですが、『当たった!』とほくほくしているのがかわいい」

 地元の小学2年の佐竹隼英君(8)が父の賢一さん(39)とやってきた。

 「いっぱいおいしいものがあるから、大好き」。もちろん予算オーバー。「おとーさーん」。おねだりされた賢一さんは「自分も小さいころ駄菓子屋で遊んだ。そのころを思い出して、つい出してしまいます」。どこかうれしそう。

 宝石のおもちゃをお玉ですくう「ほうせきすくい」(32円)に夢中の小3の鹿野瑠夏ちゃん(9)と、同じクラスの日野森舞ちゃん(9)は週1で通う常連さん。「大きなグミを食べてみたいけど、108円もするから買わないっ」と瑠夏ちゃん。2人は「家で一緒に食べる」と、相談して買ったお菓子を大切そうに抱えて帰っていった。

 「子供たちが商店街を歩く姿を少しずつ見るようになってきた」と遠藤さん。表情はすっかり「だがしやのおんちゃん」だ。子供がようよう買った駄菓子を「一個あげる」とごちそうになることもある。

 「いまの小学生が大人になったとき『おんちゃん、まだやってんの』って言われたい。そこまでは辞められません」

                    ◇

 もうすぐ、東日本大震災が起きて、7年。多くの人の命を奪い、人生を狂わせた。できたことができなくなり、やりたくないことをやらなければならなくなった。そんななかで、だからこそ、新たな志しを抱いた人がいる。

                    ◇

【プロフィル】遠藤勉

 えんどう・つとむ 昭和50年、松島町生まれ。松島住宅設備株式会社代表の傍ら、「だがしやこどもきち」を経営し、“駄菓子屋のおんちゃん(おじさん)”の顔も持つ。実家の会社を継ぎつつ、駄菓子屋を開業。学生時代はレスリングで汗を流した。

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