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「俳句をユネスコ遺産に」 松山で有馬元東大総長が講演

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「俳句をユネスコ遺産に」 松山で有馬元東大総長が講演

 正岡子規と夏目漱石の生誕150年を締めくくるイベント「第7回瀬戸内・松山国際写真俳句コンテスト」が、松山市道後公園の市立子規記念博物館で開かれ、元東京大総長で文部大臣などを務めた国際俳句交流協会長、有馬朗人氏が「俳句のユネスコ無形文化遺産登録に向けて」と題して講演した。

 有馬氏は東洋と西洋の詩の違い、叙景詩の成立と歴史、子規や高浜虚子の功績などについて話した。

 西洋では、ホメロスの「オデッセイ」など長編の叙事詩が特徴で、人間やキリスト教を中心とする詩や絵が発展した。ルネサンスにより、天文学や物理学など科学上の発明をきっかけに、17世紀以後は風景画が登場し、詩も自然美を表現するようになった。

 一方、中国や日本では短い叙景詩が8世紀に成立した。唐の杜甫や李白、王維と同時期に、日本では柿本人麻呂や山部赤人らがおり、江戸期になると、松尾芭蕉や与謝蕪村らが活躍。自然を詠む五・七・五の発句(俳句)が盛んとなり、詩を書きながらそれを絵にする「写俳」が広がった。

 明治期には「俳句や短歌は現世の詩歌といえない」という坪内逍遙の主張に対し、子規は「欧米諸国の詩歌は主として人事を叙し、和漢二国の詩歌は主として自然を叙す」と、長編の叙事を重んじ短編の叙景を軽く見る理はないと反論した。子規は西洋美術にヒントを得て、俳句や短歌を写生の手法で改革。虚子はヨーロッパを訪問し、俳句の美しさを世界に広めた。

 有馬氏は「人間が中心だった欧州の人々も短い自然詩を描くようになった」と2人の功績を評価。「俳句のユネスコ無形文化遺産運動も出発点は子規、虚子だ」と支援を訴えた。