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【島国を灯す インドネシアと九州企業】「エリートも油まみれになるんだ」

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【島国を灯す インドネシアと九州企業】
「エリートも油まみれになるんだ」

 ■福岡の「麻生塾」、現地大学と提携

 インドネシアの首都、ジャカルタにほど近い南タンゲラン市に、日本式教育を取り入れた大学がある。

 ビヌス・アソウ・スクール・オブ・エンジニアリング(BASE)。福岡県内で専門学校などを経営する学校法人「麻生塾」が2014年9月、現地のビナ・ヌサンタラ大学(略称・ビヌス大)と共同で、学部を設立した。自動車工学とデザインの2学科があり、計約200人が在籍する。

 「起立。気をつけ。礼」「ありがとうございました」。授業はすべて英語だが、始業と終業時のあいさつは、元気の良い日本語が響く。

 教室には5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)をはじめ、日本式の製造業の効率化「カイゼン」に関するポスターが多く貼られる。空き教室では学生がロボット制作に取り組む。

 カリキュラムには日本語教育に加え、1カ月間の日本での企業研修や麻生塾での授業も組み込まれる。

 「教育機関として、社会が求める人材を送り出す使命は世界共通だ。本校はインドネシアに進出する日系企業を対象に、即戦力となる学生を育てる。そのために、技術だけでなく、日本人の心を理解してもらわなければならない」

 麻生塾インドネシア事業部の伊藤宏一グループ長はこう語る。

 麻生塾進出の背景には、インドネシアの工業化がある。

 同国は資源大国だ。輸出の中心は、原油や天然ガス、パーム油で、これらの価格が高騰するたびに、資源輸出への依存が高まった。無理に国内工業を振興しなくても、外貨は稼げた。

 さらに、1997年に始まったアジア通貨危機が、インドネシアにも及んだ。

 政情が不安定となり、スハルト政権が崩壊したことで、治安も悪化した。タイなどASEAN(東南アジア諸国連合)の他国に比べ、通貨危機からの回復は遅れ、海外からの投資冷え込みにつながった。

 インドネシア政府は、資源依存からの脱却を目指し、工業化に力を注ぐようになった。同時に、工業界の人材不足が、大きな課題となった。

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 麻生塾は、特に自動車業界に着目し、現地での人材育成に取り組むことを決めた。

 インドネシアは日本車王国だ。日系自動車メーカーの市場シェアは、合計で9割を超す。現地企業と合弁し、下請けの部品メーカーを含め、現地化を積極的に進めた。その努力が、受け入れられた。

 だが、欧米、そして中国、世界のメーカーが巻き返しを狙う。国情さえ安定すれば、インドネシアの2億5千万人の巨大市場は、魅力的だからだ。日本メーカーを含め、ものづくりを担う人材の争奪戦が始まった。

 麻生塾は自動車産業が盛んな九州で、工科自動車大学校を運営してきた。自動車づくりの人材を育成するノウハウを、蓄積している。日本国内の若者人口減少への危機感もあった。

 「インドネシアに人材育成の拠点をつくる」。麻生塾の構想に、ビヌス大が興味を示した。ビヌス大はコンピュータースクールからスタートし、約40年で同国有数の工学系大学に成長した。

 提携話はとんとん拍子に進んだ。アストラ・ダイハツ・モーターをはじめ、インドネシアに進出した日系メーカーの協力も取り付けた。

 ただ、文化、教育環境の違いから、開学までの道のりは険しかった。中でも難題だったのは、実務研修をカリキュラムに盛り込むかどうかだった。

 伊藤氏ら麻生塾側は、学生にエンジンの解体・組み立てなど、実務をさせるように訴えた。

 ビヌス大側は難色を示した。「インドネシアでは大学生はエリート層であり、現場には出ない。油まみれになる必要はないし、あり得ない!」

 伊藤氏らは、現場教育の必要性を強調した。

 「将来、トップに立つ人材だからこそ、現場を知らなければならない。トヨタ自動車の豊田章男社長だって社員時代は、最前線で『カイゼン』に取り組んだ。これが日本のものづくりなんです」。ビヌス大は折れた。

 ふたを開ければ、杞(き)憂(ゆう)であった。BASEの学生は、欧州の高級外車を乗り回すような富裕層の子弟が多い。それでも、現場実習に反発するどころか、講座よりはるかに熱心に学んだ。

 その他も日本式を取り入れた。例えば、インドネシア人は、日本人に比べて、はるかに時間にルーズだ。

 人を待たせるのも、待つのも平気だ。あまりに時間がのびるので「ジャム・カレット(ゴム時間)」と呼ぶ。

 BASEでは、時間厳守を徹底する。授業がなくても、学内にいて部活動や学習に取り組むよう義務づけた。日系企業に就職した後、スムーズに働けるようにとの狙いがある。

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 インドネシアの他の大学と比べれば、BASEのルールは窮屈だろう。それでも、構内は明るい雰囲気に包まれる。

 プロダクトデザイン工学科の石崎豪副学科長の授業では、学生の笑いが絶えない。

 石崎氏は大手電機メーカーに勤務し、主に製品のデザイン部門の第一線で戦ってきた。授業には、その経験談も交える。

 「BASEには優秀な学生が多い。可能性を引き出して、ものづくりを支える人材に育ってもらいたい」

 真剣な面持ちでデッサンに取り組む学生に、石崎氏は笑顔を見せた。

 麻生塾は「人材育成のノウハウ」を、インドネシアに輸出する。こうしたソフトインフラ輸出は、日本の成長戦略でもある。

 政府もインフラシステム輸出戦略で、日本式教育の輸出を重点分野に位置づける。文部科学省の担当者は「新興国は教育システムの確立に向け、日本の教育に注目している」と語る。

 2016年には「日本型教育の海外展開推進事業(EDU-Portニッポン)」が始まった。翌17年9月、筑波大学とASEAN諸国との連携など、計11プロジェクトが採用された。

 九州を中心に80年にわたって人材を輩出してきた麻生塾は、プロジェクトの先を走っている。