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【年の瀬記者ノート】秦野男児虐待 裁けない密室犯罪 幼い命「悪いことしたのか」

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【年の瀬記者ノート】
秦野男児虐待 裁けない密室犯罪 幼い命「悪いことしたのか」

 「お前は死んだ方がいい」-。秦野市内のアパートで平成27年、長男=当時(4)=に殴る蹴るの暴行を加えたとして、暴行容疑で母親と義父が逮捕、起訴された事件。長男は食事も満足に与えられず、冷凍食品を解凍せずにそのまま食べるなど必死に生きようとしていた。裁判で見えてきたのは、義父による執拗(しつよう)な暴力の実態と、母親のゆがんだ愛情だった。

 ■傷害致死は不起訴

 事件は同年8月24日、長男が搬送された病院から、県警に連絡が入ったことで、発覚した。

 長男の頭には殴られたような痕があったが、母親で飲食店従業員の今静香被告(32)=暴行罪で起訴=と、義父の井上嘉和被告(54)=同=は、医師らに「子供同士が戦いごっこで遊んでいる最中に、棒のような玩具でたたかれた」などと説明。不審に感じた病院側が通報した。

 井上被告らには長男の下に、長女と次女がいた。当時は今被告の知人女性夫婦が住む秦野市内のアパートに身を寄せており、知人女性夫婦の子供2人を合わせて9人の大所帯だった。

 知人女性は県警の聴取に「(井上被告らが長男に対して)以前から殴ったり蹴ったりすることがあり、注意していた。自分の家族に矛先が向くのが怖かったので、それ以上のことはしなかった」などと説明した。長男は意識が戻らないまま病院搬送から約1年2カ月後の28年10月に急性硬膜下血腫などによる脳症で死亡。事件性があるとみて捜査していた県警捜査1課は、それからさらに約10カ月後の今年8月、傷害致死容疑で井上被告らを逮捕した。

 しかし、傷害致死罪について横浜地検小田原支部は今月、いずれも不起訴とした。

 ■冷凍食品をそのまま

 それに先立ち、同課は9月、別の時期の暴行容疑で井上被告らを逮捕。同罪については起訴された。

 公判で見えてきたのは、井上被告が暴力で家族を支配していた構図だ。矛先は長男だけにとどまらず、今被告にも向けられていたことが明らかになる。

 今月8日に横浜地裁小田原支部(安藤祥一郎裁判官)で行われた今被告の初公判。被告人質問で、弁護人から長男に暴力を振るったきっかけを問われると、「あの人(井上被告)よりも先に怒れば、手加減ができると思った」と説明。「(井上被告が)怖かった」と振り返った。

 一方、検察官から長男を施設などに避難させようと考えなかったのかと問われると、身勝手とも思える動機を吐露。「守る方法が他に何も考えられなかった」「かわいいから手放したいと思えなかった」と涙ながらに訴えた。

 検察側証人として出廷した知人女性は当時の異様な暮らしぶりを証言。ある日、長男が解凍していない冷凍ミートボールをご飯の上にのせて食べていた。

 知人女性は「どうしてパパとママがいるときに、おなかが空いたと言えないの?」とたずねると、長男は「怒られるから」とつぶやいたという。長男は1日中なにも食事を与えられないことがあった。

 ■ベランダに一晩中

 同支部(山田順子裁判官)は今月25日、井上被告に懲役1年6月の判決を言い渡した。

 判決文によると、27年7月下旬ごろ、秦野市内のアパートで、長男の頭部を平手で数回たたき、体を数回蹴った。同年8月上旬ごろから同月21日ごろまでの間には、頭をつかんで体を持ち上げ、足を床にたたきつけるなどしたとしている。

 山田裁判官は判決理由について「被害者に『死んだ方がいい』などの暴言を吐いたり、一晩中ベランダに出したりといった行為を繰り返す中で、空腹に耐えかねた被害者が冷蔵庫内の食料品を食べたことを理由に、本件各暴行に及んだ」と指摘。「しつけの域を越えていることは明らか」と理由を述べた。井上被告は表情を変えず、ただ真っすぐ正面を見つめていた。

 28年に県警が児童相談所に虐待の疑いを通告した件数は過去最多の5250件で、年々増加傾向にある。県警や児童相談所が把握していないケースも数多くあるとみられ、「潜在的な数字は想像がつかない」(県警幹部)という。

 裁判を傍聴し、社会が抱えるひずみを垣間見たように思う。法律などで裁ききれない密室内での犯罪。長男が病院に搬送された当時、部屋には井上被告と今被告、幼い妹らしかいなかった。

 一体なぜ、長男は亡くならなければならなかったのか。その真相は明らかにされていない。助けを求めることを知らない子供の命を誰が守るのか。1年6月の裁きを受けたとしても、5歳の命は決して戻らない。責任をなすりつけ合う2人には、自分たちの心に問うて欲しい。長男は、何か悪いことをしたのかと。 (王美慧)

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 ■児童虐待 殴る蹴るなどの「身体的虐待」▽性的行為を行うなどの「性的虐待」▽食事を与えず風呂に入れないなどの「ネグレクト(育児放棄)」▽暴言や態度で傷つける「心理的虐待」-の4種類に分けられる。親が子供の前で配偶者に暴力や暴言を浴びせる「面前ドメスティックバイオレンス(DV)」も虐待にあたる。厚生労働省によると、全国の児童相談所が平成28年度に対応した児童虐待の件数は、過去最多の12万2578件。そのうち虐待によって死亡した児童は52人(心中以外)。