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【温故地震】浸水面積から津波の高さを解明―安政南海地震(1854年) 都司嘉宣

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【温故地震】
浸水面積から津波の高さを解明―安政南海地震(1854年) 都司嘉宣

椿八幡神社の石灯籠=徳島県阿南市椿町(都司嘉宣氏提供) 椿八幡神社の石灯籠=徳島県阿南市椿町(都司嘉宣氏提供)

 1町歩は約0・992ヘクタールだから、30町歩は約29・8ヘクタールとなる。この記述から、津波が到達した高さを知ることは可能だろうか。

 椿八幡神社はどんな場所にあるのか地図で確認してみた。すると、カニのハサミのように東側へ突き出た2つの半島に挟まれてV字形の湾の最奥部にあり、最奥部から内陸の西側へ幅約400メートルの水田が帯状に続いていることが分かった。

 これなら、津波に襲われた水田の面積を400メートルで割れば到達距離が分かる。計算してみると、すぐに745メートルと判明したので、さっそく海に近い水田の端から内陸に入り、その距離の地点の標高を計測した。

 結果は4・1メートルだった。ただ、水田は「泥や砂、石だらけになった」というのだから、海水の厚みが10センチ程度はあっただろう。その分を足して、安政南海地震の津波は、この地点で標高4・2メートルに到達したと結論づけることができた。

 古文書の記録は、分かりやすく直接的な表現ばかりではない。しかし、そこであきらめずに知恵を働かせて、なんとか解答を導き出してしまうのが津波研究者の仕事なのだ。(つじ・よしのぶ 建築研究所特別客員研究員=歴史地震・津波学)