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【矢ヶ部大輔の一筆両断】AIにできない「深い」学び

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【矢ヶ部大輔の一筆両断】
AIにできない「深い」学び

 福岡県内の高校で「新たな学び」、つまりアクティブ・ラーニングの推進を目指した授業研究会が開かれ、参加する機会を得ました。そこは県内を代表する進学校です。数人の先生が、電子黒板を使ったり、生徒の主体性や協働性を高める活動を取り入れ、魅力ある授業を展開していました。

 校内を自由に歩く中で、あるベテランの国語の先生の授業に目が留まりました。

 和歌の解釈を主題とする授業でした。生徒はグループを作り、先生の問いに対して、協議をし、発表するスタイルです。先生と生徒の間に何とも言えない温かな雰囲気があり、その中で生徒の発表が、徐々に核心に迫っていく様子に惹(ひ)かれました。何よりも、国語を教えることに先生が無上の喜びを感じておられるように見えました。

 おそらく、同じ教材を扱った授業を何度もされているはずです。ただ、生徒の反応から授業の組み立てが始まっており、そのときそのときの生徒によって、授業の趣が変わってくるのではないかと感じました。

 学習指導要領で「主体的、対話的で深い学び」が提唱されています。アクティブ・ラーニングについては、数年前から教育界に言葉が浸透し、各学校も積極的に取り組んでいます。福岡県の高校では、研究指定校での成果も共有しながら、できることからはじめようという雰囲気があり、徐々に広がっているように思います。特に若い先生方は、ICT(情報通信技術)を積極的に活用し、生徒を惹きつける工夫を凝らした授業を目指して、頑張っています。ぜひベテランも若手も学び合っていきたいものです。

 心配なこともあります。授業の方法論に目をとられ、「教材研究」という言葉をあまり聞かなくなったことです。かつて教育実習でのことですが、指導教官の先生に「授業で教えるためには教える内容の何十倍の知識がなければならない」と教わりました。

 また、すばらしい国語教師であった大村はま先生は、子供がそれぞれのテーマに沿って自身で調べる学習をするときには、図書館にある関連図書をすべて読み、頭に入れた状態で教壇に立ったと聞きます。大村先生の地点には、とても到達できない。それでも「教師として圧倒的に抜きんでた力量を持って生徒の前に立ちたい」というのは、どの先生にも共通する目標だと思います。

 教材研究の深さと教師の圧倒的な知識、そして生徒を見る目の確かさが深い学びを創造する出発点だと考えます。

 ICT環境が徐々に整備され、授業スタイルも大きく変わろうとしています。大学入試でも英語は民間試験を活用することが決まりました。今では数多くの教材やコンテンツが充実し、やる気があれば自分でできますし、将来英語の先生はいらなくなるとの声も聞こえてきます。また、遠隔授業の導入により、授業のうまい先生の動画が配信されればそれで済むという話も今後出てくるでしょう。教育にも人工知能(AI)で対応できる部分があるのかもしれません。

 しかし、そんな時代だからこそ、教師の役割が浮き彫りになると思います。先に紹介したベテランの国語の先生もそうですが、生徒の反応を一つ一つ確認しながら、やる気を与える言葉を投げかけ、生徒の思考回路に迫る授業が展開されていました。教養に裏打ちされた人間的な魅力、そして何よりも授業の中に伝えるべきこと、教えるべきことが確実に存在しているのです。

 何をもって深い学びとするか、いろいろと議論がありますが、まずは教師に圧倒的な探究心、常に学び続ける姿勢があり、さらに教える際の気迫といったものが前提になると確信します。

 人工知能の時代を迎え、想像もできないような事態も出てくるでしょう。しかし、人間が人間を教え育むという古来からの教育の基本は変わりません。惑わされることなく、教師道に邁進(まいしん)する覚悟が今、求められているのだと考えます。

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【プロフィル】矢ヶ部大輔

 やかべ・だいすけ 昭和43年福岡県柳川市生まれ。福岡県立伝習館高校、広島大学文学部卒。平成3年度から福岡県立高校英語科教諭。三池高校、伝習館高校などで勤務。24年度から福岡教育連盟執行委員長。