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【被災地から~衆院選2017~】(下)福島 一部避難指示解除の浪江

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【被災地から~衆院選2017~】
(下)福島 一部避難指示解除の浪江

 ■「遅れるふるさと再生」憂う

 2・4%-。ある自治体の総人口に占める居住人口の割合だ。東京電力福島第1原子力発電所事故に伴い全町避難を余儀なくされた浪江町は今年3月末、帰還困難区域を除いた一部の地域で避難指示が解除された。だが、復興の一つの節目を迎えて半年が経ってなお、帰還への大きな流れを見ることはできない。ふるさとに戻ることへの強いこだわりとためらい。数字は同時に物語っている。

 町がはじき出した居住人口は、避難住民届や転入届数などのほか、町職員の聞き取り調査の結果も反映している。役場全員で地域を割り振り、出会った人々の居住実態を丹念に聞く。区長から「こんな人がいるよ」と知らせが来ることもあるという。

 住民課はこう漏らす。

 「届けがなくても、町にいる日数のほうが多い方、『週末には帰るんだ』という方は居住人口としてカウントしている。事情が複雑なので…」

 8月末の浪江町の総人口は1万8132人、居住人口は360人。暮らす場所として、そして、“終の棲家”として選択肢に入れるには厳しい現状がある。町内の医療機関は3月にようやく完成した。しかし、診察を始めたのは初期医療を担う診療所だけだ。

 「せっかく帰ってきても高齢者が暮らし続けるには難しい。一人暮らしの場合は特に長続きしない。夫婦で浪江に帰ってきたのに、奥さんに先立たれて、旦那さんがまた出ていってしまったことがあった」

 避難解除と同時に浪江に帰還した60代の女性はこう語る。町の商業施設は町役場に隣接した仮設商店街とコンビニ程度。再開した飲食店も苦慮する。生鮮食品を手に入れるには、車で20分の南相馬市や富岡町へ買い出しに行かなければならないからだ。

 「やっぱりふるさとで暮らすのは幸せ。関西からもお客さんが来る。不便なことはあるけど、ここで働いていれば寂しくない」

 女性が働く商店街は日中、にぎわいをみせる。昼食をとる役場職員、ゼミ旅行で訪れた他県の大学生、かつての住民…。しかし、地域に根付くコミュニティー再生はまだまだ途上だ。

 仮設商店街から1キロほど離れたJR浪江駅前の商店街。かつて、原発作業員がつどった飲食店はシャッターが下り、平成23年のイベント告知ポスターが貼られたまま。あの日から時が止まっている。

 原発事故後、いわき市に避難している会社員の松原勇さん(42)は「駅前の再生が第一なのではないか。あそこが盛衰の象徴なんだ」と話す。放射線量への不安もあるが、帰還に踏み切れない一番の理由ではないという。

 「正直、原発があってよかったと思っていたことはある。いつかは戻りたいとも思う。でも今ではない。都合が良いと言われたら言い返せないが、気軽に帰って生活を始められるほど基盤が整っているとは思えないんだ」

 帰還への思いと現実への憂い。聞こえてくる声はあきらめにも似たトーンを帯びる。

 仮設商店街の小売店店長の松原茂樹さん(51)=南相馬市原町=は言い切る。

 「福島5区に出馬する人が見ているのはいわきの票田だ」

 町に帰還した人、帰れぬ人、帰らぬ人。復興を見守るのは住民だけではない。避難先の自治体からも、町民の票は投じられる。

                 ◇

 この連載は、石田征広、林修太郎、千葉元が担当しました。

 福島県の住民帰還率 東京電力福島第1原発事故の避難指示が平成26年4月以降に解除された福島県田村市、川内村、楢葉町、葛尾村、南相馬市の5市町村で解除された地域への住民の帰還率は、全体で約13%(1月末現在)。今年3月末に解除された浪江町は2・4%、飯舘村8・5%、川俣町が22%(9~10月現在)などとなっている。いずれも高齢者が多くを占めている。