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【一筆両断 施光恒氏】米軍機墜落事件、大学を考える契機に

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【一筆両断 施光恒氏】
米軍機墜落事件、大学を考える契機に

 今から約半世紀前の昭和43年6月に、米軍ジェット機が、九州大学の箱崎キャンパスに墜落する事件があった。ファントム偵察機が、建設途中だった大型計算機センターの屋上に墜落したのである。幸い、パイロットを含め人的被害はなかった。

 だが学内は、しばらく大騒ぎとなる。大学当局が、学生運動勢力など左派と共闘し、墜落した米軍機の機体引き渡しと引き換えに、日本政府や米軍に政治的要求を投げかけたからである。

 当時の大騒動を軽妙な筆致で鮮やかに描き出した本が、先ごろ出版された。小野寺龍太著『愚劣の軌跡--「共産主義の時代」に振り回された大学人たち』(春吉書房)である。著者の小野寺氏は昭和20年生まれの九大工学部名誉教授。当時、小野寺氏は九大の修士課程に在籍していたが、その頃の学生としては珍しく、保守を自認する若者だった。

 箱崎キャンパスの近くには、現在でも福岡空港があるが、かつては軍民共用で米軍も板付基地として使用していた。当時は、大学教員や学生、ジャーナリストなどのいわゆる「知識人」にとって、共産主義が輝いてみえた時代である。九大当局も、共産党系(民青系)の学生自治会や教職員組合などと共闘し、事故の再発防止の名目で、板付基地からの米軍の即時撤退を要求した。総長自身がデモ行進の先頭に立つ始末であった。

 計算機センターの建物に引っかかったままの米軍機を引き降ろすか否かなどの様々な事柄をめぐり、その都度、大学当局と各セクト、あるいは各セクト同士の議論や闘争行為が生じ、学内は大混乱に陥った。各セクトの暴力事件、バリケードの構築、教室の占拠なども日常茶飯事だった。機体引き降ろしが翌年1月にずれ込んだことからもわかる通り、大学当局は、事態収拾の能力を全く持たなかった。

 大学当局は、「民主主義」「平和」「大学の自治」「人間としての原点」などといった理念を掲げる左派勢力に反論できなかったばかりか、自分たちもそれに振り回された。例えば、教室の占拠や暴力行為が頻発しても、「大学の自治」の名の下、警察や機動隊が学内に立ち入るのをなかなか認めなかった。

 現在の目からみれば、当時の大学当局の対応は滑稽である。しかし、私は、愚かだと笑う気にはならない。私自身もそうかもしれないが、大学人やジャーナリストなど「知識人」を自認する人々は、「~主義(~イズム)」といった、その時々の流行の理念に軽薄に飛びつきやすい。そして常識を軽視しがちだ。例えば、本書での指摘に同意するが、当時の大学人は、学問が産業界と結びつくのを毛嫌いしていたが、現在では九大をはじめどの国立大学も「産学連携」や「起業」を大いに推奨し、一種の拝金主義に陥っている。いつ路線変更があったのかの総括はなされないままにである。

 私も、現在の多くの大学でかつての「共産主義」にとって代わっているものは「新自由主義」(「拝金主義」といってもよい)、あるいは「グローバリズム」でないかと思う。将来からみれば、現在もまた、滑稽に映るのかもしれない。

 来年は、米軍機墜落事件から50年であるが、九大の箱崎キャンパスが移転のためなくなる年でもある。現在の大学や学問のあり方を考えるうえで、身近な過去を振り返り、記憶することが大切であろう。

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【プロフィル】施光恒

 せ・てるひさ 昭和46年、福岡市生まれ、福岡県立修猷館高校、慶應義塾大法学部卒。英シェフィールド大修士課程修了。慶應義塾大大学院法学研究科博士課程修了。法学博士。現在は九州大大学院比較社会文化研究院准教授。専攻は政治哲学、政治理論。近著に『英語化は愚民化』(集英社新書)。