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【Face ちば人物記】国立極地研究所教授・本吉洋一さん(62)

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【Face ちば人物記】
国立極地研究所教授・本吉洋一さん(62)

 ■酷寒の南極大陸観測に挑む 

 27歳で南極大陸に立った。観測隊の仲間と共に地質調査を始めた。

 「夢がかなった。人類として初めてこの地域の“石をたたく”(地質調査をする、の意味)。どんな鉱物があるのか。胸が高鳴ったのを鮮明に覚えている」

 少年の頃から「いつの日か、極地か、ヒマラヤに挑戦したい」との熱い思いを胸に抱いていた。

 大学で地質学を専攻。チャンスが巡ってきた。昭和56年、南極地域観測隊に志願し、隊員に選抜されたのだ。ところが、現地の天候が悪化。十分な調査結果を得ないまま、無念の思いで撤退した。

 帰国後、「忘れ物を取りに行く」と、再度、志願する。現地調査を繰り返し、観測隊参加は8回に及ぶ。

 ある年、観測拠点の昭和基地から約70キロの地点を調査した。しゃがみ込んだとき、赤い小さな鉱物を発見した。瞬間、ひらめいた。「ルビーではないか」。周辺の岩壁を調査した。あった。赤い鉱物が点々と岩壁の中に入っている。20個ほど採集して検査。やはりルビーだった。

 「非常にラッキーだった」と振り返る。

 ルビー発見は超大陸の解明につながるという。約2億年前、地球上には超大陸、ゴンドワナが存在した。超大陸はやがて分裂を始める。南極大陸、アフリカ、オーストラリア、インドなどに分かれていった。

 「超大陸が分裂する前、昭和基地周辺はスリランカと接していた。互いの地域で採集した宝石鉱物や岩石は非常に似ている。南極大陸には超大陸が存在した証拠が残っているのです」

 また、南極大陸は隕石(いんせき)の宝庫でもある。保存状態がよく、採集された隕石は研究に活用されている。

 南極大陸は広大だ。日本列島の37倍に及ぶ。調査空白地帯を目指し、雪上車を運転して昭和基地から約600キロ離れた地点に向かったことがある。走行中、突然、「ドーン」という衝撃音が響いた。雪上車が大きく傾いた。氷の裂け目に踏み込んでいた。

 「あのときはやばかった。ビビりました」

 また、天候が急変して猛烈な吹雪に襲われることもある。視界ゼロ。酷寒の世界だ。

 「ちょっと油断すると、ほんとに危ない。簡単に死ねます」

 一方、昭和基地は日本が誇る高度な技術を駆使して建設された。内部は快適だ。専門の調理員が和食、洋食に腕をふるう。水耕栽培でカイワレ、モヤシ、ミニトマト、レタスなどを育てており、生野菜にもことかかない。観測を終えた夜、ビールや日本酒を飲み、談笑することもある。

 また、ペンギンやアザラシと遭遇する機会がある。南極大陸では野生動物との距離が制限されている。

 「ペンギンは人間を恐れず、近寄って来る。接触を避けるため、私たちが逃げるんです」と笑う。

 昨年11月、第58次南極地域観測隊が出発した。ベテランの本吉さんは観測隊長を務めた。

 「隊長は全員の安全に配慮しなくてはならない。だれ一人、けがをさせたくない。怖かったですね」

 今年3月、無事帰国を果たした。

 「これから南極大陸観測の集大成を行う。観測の意義を伝え、次の世代を育てていきたい」(塩塚保)

                  ◇

【プロフィル】本吉洋一

 もとよし・よういち 昭和29年、いすみ市出身。船橋市在住。北海道大院。国立極地研究所教授。理学博士。専門分野は地質学。第58次南極地域観測隊隊長。ビール党。好物はそば。好きな言葉は「南極は地球と宇宙をのぞく窓」。