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【種蒔く人々】鹿児島県長島町前副町長・井上貴至さん(31)

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【種蒔く人々】
鹿児島県長島町前副町長・井上貴至さん(31)

 ■田舎ほど相性が良いICT

 「人間の髪の毛が抜けやすい時期を知っていますか。季節の変わり目の5月と10月です。そのころに広告を出すことで、育毛剤の売り上げを伸ばしました」

 インターネットで転職サイトを運営する「ビズリーチ」(東京)で新規事業を始め、後に自らの会社を経営した土井隆さんに、長島町に来てもらいました。

 楽天で育毛剤の販売を担当し、日本一の営業成績をあげた人です。最初のやり取りは、町の事業者向けに、Eコマース(電子商取引)について語ってもらった一幕です。

 ICT(情報通信技術)に造詣が深く、気さくで面倒見も良い土井さんと「一緒に、ワクワクするような仕事がしたい」と思いました。東シナ海に沈む真っ赤な夕日を背景に、町への移住を勧め、口説きました。

 はるか向こうの相手との距離を埋めるICTは本来、田舎ほど相性が良いものです。しかし、田舎にはうまく活用できる人材が、ほとんどいません。

 そこで、土井さんと一緒に、さまざまなICTの利活用を進めました。

 最初に、地元漁協が設立した株式会社JFAが、地域の特産品をネットで直販する「長島大陸市場」をオープンしました。ネット上の「道の駅」といえるものです。

 土井さんが入ったことで、早く、安く、しかも内容の充実したサイトができました。

 直販は、多段階の流通経路をたどる場合に比べ、収益力が高い。田舎の第1次産業が生き残る強力なツールになります。

 JFAは水産物に限らず、農産物も販売し、付加価値を高めています。

 ほぼ同時に始めた、東京都心を走り回るキッチンカーの宣伝効果もあり、1年間で2千万円近くを売り上げ、新たな雇用も生まれました。

 ビズリーチと連携し、全国で初めて「地域おこし協力隊」の募集も始めました。地域振興に、これまでの経験や人脈を思う存分生かしてもらおうと考えたのです。

 長島町で暮らす姿をイメージできるように、工夫を重ねました。その結果、全国から多数の応募があり、現在、8人が活躍しています。

 さまざまな事業者の求人を一元化したサイトも、開設しました。

 「田舎は仕事がない」と言われがちですが、実は求人内容がうまく伝わっていないだけかもしれません。事業者を訪問し、どのような文章や写真を掲載すれば伝わるのか、丁寧に相談に乗りました。

 人手不足に苦しんでいた企業が、それをきっかけに、すぐに採用につなげることができました。

 今後は、後継者や共同経営者の募集もサイトに掲載し、IターンやUターンをする若者を増やしたい。

 他にも、慶応義塾大湘南藤沢キャンパス(SFC)と協定を結び、第1弾として「地域おこし研究員」制度を始めました。

 希望する慶応大の大学院生が、町に住みながら地域の最前線で研究・開発を進める仕組みです。実践した成果をまとめ、世に発表する。日常的な研究や学習は町の教育拠点で、ネットを活用して取り組みます。

 インターネットは生活を豊かにします。どんな地域でも、誰もが怖がらずに使いこなし、ICTに造詣の深い人材が登用されることを期待しています。

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【プロフィル】いのうえ・たかし

 昭和60年、大阪府生まれ。平成20年、東大法学部卒業後、総務省に入る。愛知県市町村課、内閣官房拉致問題対策本部事務局などを経て27年、地方創生人材支援制度の第1号として鹿児島県長島町に赴任し、同年7月から今年3月末まで副町長。4月から愛媛県市町振興課長。座右の銘は「ミツバチが花粉を運ぶように、全国の人をつなげたい」。共著に『ソーシャルパワーの時代』(産学社)。